粕谷昌良の社会科授業日記

筑波大学附属小学校の粕谷昌良が社会科実践を報告します。

114.「畠山さんと森は海の恋人」そして「あの震災」 その② 森に木を植える

前回の続きです。

 

森に目を向け始めた畠山さんは、

森が荒廃していることに気が付きます。

当時は、広葉樹(自然林)を切って、針葉樹(人工林)を植えるということが全国各地で行われていたようですね。

広葉樹は、秋になれば落ち葉となり、それが地面に落ちて腐葉土となっていきます。

そのままにしておいても、豊かな生態系が循環していくのに対し、

針葉樹は人工的に種類を一つにして作られた森で、落ち葉もできません。管理をしていかなければなりません。4年生の時に「多摩川水源森林隊」の勉強をしましたが、そのような手入れが必要になってきます。しかし、「多摩川水源森林隊」の時もそうでしたが、林業が廃れ、手入れの行き届かなくなった森がいかに多くなってしまったか。

室根山もそのように、山が荒廃してしまったようです。

さらに、室根山から気仙沼湾にそそぐ大川にはダム計画が持ち上がりました。

ダムのアセスメントは、山の環境だけだそうですね。海にまで配慮しない。ダムは農地という縦割りの行政のやり方を実感したのもその時だそうです。

 

ダムが建設されてしまえば、もうカキの養殖はできないという危機に陥りました。

そのとき、畠山さんは「森に木を植える」という取り組みを始めます。

畠山重篤さんの息子さんで、「森は海の恋人」の副理事長をしている信さんのお話を伺っていて、このやり方の素晴らしさを私は実感せずにはいられませんでした。

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(畠山信さんと私)

 

普通、ダムの反対をするというとどのような取り組みをするでしょうか?

署名とかデモとか、県や市に対して抗議をするとか、議員に働きかけるとか・・・。

色々な方法があると思うのですが、

そのとき畠山さんは、漁師仲間や室根山の方と一緒に木を植えるのです。

これは、誰も敵を作らない方法です。それに誰でも参加しやすい方法です。

前向きで建設的な取り組みです。

 

もし、市や県を非難していたら・・・。もし、デモだったら参加したくてもできない人が多いのでは・・・。

それに比べて、木を植えるという取り組みは、誰に対しても説得力があり、誰もが参加しやすいのです。

 

私は、常々、社会科の教材・授業では「悪者」を作ってはいけないと考えています。(3年生実践「23区に海水浴場を取り戻せ!」を参照)

それを、30年前に実施しているところがすごい。畠山さんの取り組みの魅力でもあります。

 

さて、このように多くの人を引き付ける「森は海の恋人」の活動が生まれたわけでしたが、ダムの建設を阻止するには、科学的な根拠も必要になります。

そこでに苦労があるのですが、それは次回にいたします。(つづく)

 

113.「畠山さんと森は海の恋人」そして「あの震災」 その①  畠山重篤さん

今日からしばらく

「畠山さんと森は海の恋人」そして「あの震災」

の授業を追っていこうと思います。

その①は畠山さんと森は海の恋人について書こうと思います。

 

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宮城県気仙沼市舞根でカキ養殖をしている畠山重篤さんは、

国語や社会科の教科書で長く取り上げれてきました。

漁師が森に木を植えるという、斬新な取り組みが注目を浴びたからだと思います。

1960年代、日本は高度成長期で全国いたるところで環境被害が出ていました。

畠山さんの住む、気仙沼市も例外ではなく、

赤潮が発生し、養殖したカキが赤く染まってしまったそうです。

カキが赤くなったからと言って、食べれらなくなったわけではないのですが、

赤く染まった身は売り物にはならず大変困ったそうです。

気仙沼の牡蠣漁師も、廃業が相次いだそうです。

どうしようか困っていた時に、

畠山さんは、幼いころからの経験とフランスで学んだことから、

森に目を向け始めます。

 

それまで、海をきれいにするためには、海を見て考えることが当然でした。

しかし、畠山さんは、今でこそ当たり前のようになっていますが

当時誰も思いつかなかった、海の背景にある山も漁場だという考えにたどり着きます。

どうして、畠山さんは森に目を向けることができたのでしょうか。

 

①幼いころの「牡蠣研究所」での経験「森には魔法使いがいる」

幼いころ、気仙沼の舞根には「牡蠣研究所」があり、牡蠣研究が盛んにおこなわれていたそうです。

カキは、1つの会で1日に200リットルもの海水を吸い込み、その中のプランクトンをこしとって食べます。そのため、植物ブランクトンが必要になるわけですが、

研究所では、プランクトンが不足した水槽には、「森には魔法使いがいる」といって、森からとてきた土を入れたんだそうです。1週間もするとその水槽にはプランクトンが大量に発生していたそうです。

「森には魔法使いがいる」それを少年時代に見ていた畠山さんは、森の土に植物プランクトンを増やす何かがあると気が付いていたそうです。

(下は現在ある京都大学の研究施設。この建物に「森は海の恋人」の事務局もあります)

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②地域の祭礼「瀬尾律姫に捧げる海水」

毎年6月の第一日曜日は「森は海の恋人植樹祭」です。場所はひこばえの森ですが、第1回目は室根山で行われていました。その室根山には室根神社があり、祭られているのは、瀬尾律姫(せおりつひめ)といい、縄文時代から、豊かで穢れのない水を届ける神様としてまつられていたそうです。実はその祭礼は4年に一度行われていて、瀬尾律姫に捧げる海水を舞根の人たちが海から汲んで室根山に届けているというのです。その水も、沖合に出て、室根山が見えるところで夜明け前に汲むそうです。

なんと神秘的な話でしょうか。そして、縄文時代から、人々は海と山の結びつきを考えていたということに、人の英知を感じます。

このほかにも、海と山は生活の都合上、切っても切れない関係にあることが「森は海の恋人」畠山重篤 文春文庫 に詳しく書かれています。興味深くて一気に読んでしまいます。

 

③フランスの視察で学んだこと

フランスはカキ養殖の本場です。しかし、かつてフランスのカキ種が危機に陥ったとき、日本の宮城種を送りフランスのカキ養殖は復活したそうです。その縁からフランスとの交流があるそうです。

ちなみに「宮城種」は宮城県という意味ではなく、沖縄でカキ養殖をしていた宮城さんという方が生み出した種のことだそうです。ちなみに、今のように意味に垂直方向に深く使う、養殖方法も宮城産の発明。その前は沿岸部分にばらまいていたので、場所も限られ、干潮時にはプランクトンをすえないので、成長に時間がかかったそうです。

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畠山さんがフランスのロワール川のカキ養殖を見学した時、素晴らしいか気が養殖されていたそうです。ロワール川流域では赤潮は発生していないそうです。その理由を聞くと「森を手入れしている。森は海のおふくろなんだ」といったそうです。

そこで、これまでの①②の経験と重なって、森に目を向けるようになったそうです。

(次回へ)

 

 

 

 

 

112.社会科と道徳

8月26日(土)に社会科と道徳のコラボ研究会があります。

正式な名称は、

「第25回 価値判断力・意思決定力を育成する社会科授業研究会」+「道徳教育研究会」です。(間違っていたらすみません)

筑波大学附属小学校の社会科の梅澤先生と道徳の山田先生の研究会で授業をさせていただきます。

悩んだ末、私は「畠山さんと森は海の恋人。そして、あの震災」に決定しました。

同一単元の授業を3時間連続で公開するのは初めてです。他の研究会でもなかなかないと思います。あるがままをお見せしようと思います。

ただ、その日は残念なことに私のクラスの子供たちは、数名が学校のハワイ研修に重なっていて出席できません。また他の都合での欠席もあり、さみしい限りです。

しかし、できる限りの準備でよい授業を作り上げようと思います。残った子供たちはとても優秀で、気持ちの良い人柄なのでよい授業になると思います。

 

さて、社会科と道徳ということで、2つの教科の関係について少し勉強してみようとおもいます。勉強不足のところはご勘弁ください。

 

ご存知のように社会科は、戦後に誕生した教科です。

戦前までの、地理・歴史・公民・修身を統合したように考えられがちですが、設置の目的は、わが国の現状と生活の様子から、社会生活への理解と良識を育成することにあったようです。戦前の修身への反省から、民主主義教育の担い手として、知識を教えるよりも問題を解決することをねらいとした、新しい民主社会の花形教科として誕生しました。

そのため、社会科の英訳はsocial studies となり、ほかの教科の最後につくeducation

と違うことからも、子供たちが問題を解決しながら学ぶ様子が伝わってきます。

 

当初は社会科を中心としたコアカリキュラムも考えられていたようです。

しかし、次代が進み、子供たちの問題解決を中心とした経験主義的なやり方に学力がつかないではないかという反論が出てきます。

もっと、学問的なよりどころを持ち、配列を教師の側が決めるべきだという系統主義が出てきます。その両者は現在も議論になり良く語られます。

 

そのように、戦後誕生した社会科は、当初の大きな期待とは裏腹に、残念ながら少しずつ解体されていくことになります。その一つが道徳の誕生です。

 

以下は「戦後社会科教育論争に学ぶ」谷川彰英 明治図書を参考に書きます。

 

戦後の道徳教育論争は、道徳は特定の教科や領域でやるものではなく、学校教育全体を通して行うものだとする、戦後教育の原則を巡って行われたものである。

1957年松永文相

「全教科の中で道徳をやるといっても、算数の中でどうやってやるのか。結局道徳をやるには一つの教科を作った方がいいのではないか。地理や歴史はしっかり教える必要がある」

日本教育学会のレポート 「道徳を特設するという意見は次のようにまとめられる」

①社会科では教えられない道徳があり、しかも今日それを押しることは極めて重要である。特設すべし。

②道徳的な文化遺産を子供に教える必要があるが、今日の社会科は経験主義に立脚しているため、そのような客観的な文化遺産を教えることはできない。

③学問と教科は対応すべきであり、倫理学という学問がある以上、それに基づく倫理学を教える必要があるが今日の社会科ではそれをやっていないし、やれない。

④道徳教育を全教科でやるというこれまでの立て前は正しい。有能な教師はそれによって成果を上げているが、一般教師には困難であるから、全教科でやるという方針は残し、集中と強化のために、教科は必要。

⑤小学校は今のままえでよいが、中高はダメ。

 

と分析しています。

そして、日本教育学会の次の反論が社会科の存在意義を表していると思い、私はうなりました。

「とくに、の本社会の民主化のための中核教科としての社会科は、これまでとにもかくにも基本的人権の尊重と平和的な国際理解という近代的な人間の生き方を貫く基本線を肯定する形のものとして進められてきた。もし道徳教科が右のような資格のものとして打ち出されるならば、それが従来の社会科の基本精神を否定し、やがてそれを解体しようとする意図を持つのではないかと疑われる。また、もし両社が並立させられ、社会科での社会理解と切り離して、道徳教科で、主体的倫理が取り扱われるとすれば、そこでの主体的倫理教育がどのような質のものになるかは、十分検討されなければならないだろう」

 

わたしは、この反論を読んで、戦前の修身への恐れがあるなと感じました。

ただ徳目を教えることへの抵抗。

子供たちが主体的に問題解決に挑む中で獲得する思考力や判断力、表現力。

そういう自分でよい良いものを見つけていくことを大切にしている社会科にとって、

徳目をダイレクトに教える道徳への恐れがあるなと・・・・・。

 

今日の道徳を教科にするという意図はどの辺にあるのでしょうか。

道徳の徳目は、社会科においても共通のもの出ることが多いと思います。

逆に、道徳化の中にも「問題解決的な道徳」という言葉も聞きます。

そうなってくると、社会科と道徳を分けるものは何でしょうか。

実に難しいところです。

 

それでも、私なりには社会科と道徳の違いはあるのですが・・・。

それはまたの機会にします。

 

26日の研究会では、その所が議論になると思います。

興味のある方は、一緒に議論出来たらうれしいです。

 

申し込みは

価値判断力・意思決定力を育成する社会科授業研究会のhpからできます。

 

 

111.沖縄取材で発見! その④ 急成長する観光と労働力の問題

沖縄と言えば、青い海に白い砂浜。

異国情緒漂う観光地として親しまれてます。

 

ここ数年の観光客数の変化は

 

平成17年の510万人→平成27年は790万人に

急激に増えています。

 

急激な増加には、外国人観光客の増加が影響しています。

 

外国人観光客

平成17年15万人→平成27年150万人となっています。

 

東京もそうですが、台湾・韓国・香港といったアジア圏からの観光客が増えています。

 

そのため観光収入も

平成17年4000億円→平成27年6000億円

にまで増えています。

 

そのため

第3次産業 85.9

第2次産業 12.3

第1次産業  1.6(% 平成26年

となっています。

 

前回、サトウキビやパイナップルを取り上げましたが、農業を含んだ第一次産業はわずかでしかないのです。沖縄と言えば観光なのです。(ちなみに一番人気は美ら海水族館だそうです。)

 

菊農家の方を取材した時でした。

家族経営をしているそうですが、忙しい時期には、パートを雇うそうです。

そのパートも全くの素人だと仕事にならないので、慣れている人に頼むのだそうです。

しかし、近年の観光業の伸長によって、民泊などが新たに営まれ、

高収入なそういった場所に就職してしまうそうです。

すると、これまでのようにパートで雇う人が不慣れでなかなかはかどらないこともあるそうです。悩みの種だそうです。

 

人が生活していくには、収入は欠かせないことですし、沖縄が観光に力を入れ、そこに焦点を当てていくことは正しいと思います。

しかし、苦しくなる産業もあるのですね。

 

これから人口減になり、1次産業はどうなっていくのでしょうか。

私の住んでいた千葉県の南部では、干物などはすでに外国人研修生として、現実的には外国人労働者に頼っているという現実がありました。

日本も実際には移民社会に移っているという指摘もありますが、人口減と労働力の問題はもう少し現実的に考えていかなくてはいけません。

長年、単一民族だという意識が捨てきれないのかもしれませんが、目をつぶっていては子供たちの世代に大きな付けを残したり、取り返しのつかないことになりかねません。

沖縄取材でも、それを感じました。おしまい

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ソーキそば 島トウガラシの調味料を入れるとうまい

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ちゃんぽん ごはんに卵とじのいためもの。うまし

 

110.沖縄取材で発見! その③ 進化するパイナップル!

その②でサトウキビを紹介しましたが、そのほかにも沖縄には南の島ならではの農作物が栽培されています。

南国イメージのあるものでは、パイナップルやマンゴーでしょう。

また、南の温かい気候を生かしたものとして、菊栽培やスイカ栽培、各種野菜があります。

菊などは、当然他の地域でも栽培されている農作物ですが、冬場の温かい気候を生かして、燃料費を削減したり、収穫時期をずらしたりして、収益を上げることができます。現在、沖縄の菊栽培は教科書でも多く取りあげられています。

私が子供のころは、高原野菜の単元で、時期をずらして出荷することを学んだものです。(近郊農業で輸送費が安く、新鮮さの担保も学んだ)

 

しかし、どうでしょうか。「沖縄で菊栽培」という単元は。

取り扱う理由はよくわかるのですが、高原野菜と同じ理由ですし、暖かい地方ならではの産業とし魅力に欠く気がします。

それに比べて、パイナップルやマンゴーは暖かい地方の産物です。

特にパイナップルは、国内の99.84%が沖縄なのです。(そのほかは鹿児島と島嶼部)

THE・沖縄といえる農産物です。

 

しかし、サトウキビと同じように、パイナップル生産は、安い輸入パイナップルに押されてしまいます。特に1990年にパイン缶詰の輸入自由化は沖縄のパイン栽培を大きく後退させることになります。

現在は輸入:国産=150000トン:7000トンです。(2013年)

しかし、ここ数年、沖縄のパイナップルは新しい品種の開発など、缶詰用から生食用への転換によって少しずつ盛り返しているのです。

 

下の写真が沖縄県 東村 のパイナップル畑です。

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美しい海岸線に、パイナップルが植えられています。

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こんな風になっていすのです。

そして土がまたすごいのです。

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 赤いのです。これは肥料などで赤いのではないそうです。

沖縄の北部は酸性土壌で、このような色なのだそうです。

酸性土壌はサトウキビ栽培には適していないそうですが、パイナップルには欠かせないそうです。ですから、沖縄もよく見ていくと南部はサトウキビ畑が広がっていますが、北部はそれほどでもありません。

北部は、東村のパイナップルの他にも今帰仁村の菊やスイカなどの商品作物が有名です。おそらくサトウキビがあまり育たない酸性土壌だという恵まれない土質が、いち早くサトウキビ以外の作物への転化を生んだのかもしれません。そう考えるとマイナスをプラスにするのは人の工夫や知恵であると再認識させられます。

 

さて、そんな酸性土壌の東村では、現在、新しい品種を取り入れて、作付面積が上向いています。その中でも、「ゴールドバレル」という品種がすごい!

ゴールド=金

バレル=樽です。

樽のように大きく丸いから命名されたそうです。

普通のパイナップル(N67)が1kgから1.5kgなのに比べ

ゴールドバレルは1.5kg以上、大きなものは2.5kgにもなるそうです。

生食用として高額で取引されているそうですが、

生産量が追い付かず、現在はなかなか県外にまで届かず、入手困難だそうです。

農家の方は、作付面積を拡大しようと考えているようです。

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 そして、

食べてみると

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完熟パインはこれほどうまいのかというほどうまい。あまい。

私が取材した農家の方は、農協にすべて出荷しているようでしたが、

もし、個人で出荷していたら?相当高額になるだろうな。

東村では、このパイナップルを中心に地域の活性化に努めているそうです。

作付面積を増やして、買えるようになるといいな。

早速ネットで、見たら本当に買えませんでした。

 

なぜか、筑波大学附属小学校の給食ではパイン缶詰が多いけど(笑)輸入でしょうね。

沖縄のイメージにぴったりのパインが復活するといいです。

 

しかし、私はサトウキビ、パイナップル、菊と農家を取材していて、

沖縄の農業は基本的に厳しいなと実感することになりました。

それは、その④で。

 

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109.沖縄取材で発見! その② 沖縄の宝「サトウキビ」

沖縄に行くと、ところどころにサトウキビが植えられています。

サトウキビは3mにもなろうかという大きな植物で、竹のような節がありますが、

中は糖分を含んだ髄が詰まっています。

 

「その①」でも示したように、歴史的に水不足に悩まされてきた沖縄にとって、

多量の水を必要としないサトウキビは長い間、主要農作物であり続けています。

しかし、世界の生産量は、ブラジルが1位の420000000トン余り(2005)のくらべて、日本は1108000トンでしかありません。(6割強が沖縄)

そのため、輸入が多くなり、サトウキビの価格は高いとは言えません。

 

それでも、台風や水不足に強く、設備投資の少ないサトウキビは、現在でも沖縄で広く栽培されています。

 

ところで、収穫した後のサトウキビはどのように砂糖になるのでしょうか。

簡単に書くと

サトウキビ→搾汁→遠心分離(ここまでは沖縄)→精糖作業(本土・メーカー)

となります。当分の多い汁を遠心分離器にかけて、黒っぽい原料糖を作ります。此処までは沖縄で行い、この後白い砂糖にするには本土のメーカーの高価な設備で行います。

 

一方で「沖縄の黒砂糖」のようなものは、搾汁を乾燥させたものなので、糖分以外の成分がたくさん含まれています。

 

こう考えると、黒砂糖と白砂糖は全くの別物です。

黒砂糖には原料個性があるでしょうが、白砂糖にしてしまえば、沖縄産だろうが、輸入ものだろうが全く変わらないと思います。

丁度、塩も同じだなと思いました。たばこ産業の塩ならどこでも同じ、海水の個性は問われない。

 

その産地のサトウキビ(糖度の高い低いはあっても)でも同じ白砂糖になってしまうのだから、価格は輸入に対抗しなければならず低くなってしまいますね。

しかし、個性を出そうとして黒砂糖にすると、用途は限られて大量には売れません。

難しところですね。

 

この様に価格面での厳しさからか、

実は沖縄本島に製糖(精糖ではない)工場(原料糖を作る工場)は、1つしかありません。本当全部のサトウキビを一手に引き受けているというのです。

その工場はとても巨大で、食品工場というイメージはありません。しかも、9月からの4か月間の収穫では24hノンストップで動くそうです。そして、のこりの8か月間はそのための準備と整備だそうです。なんとも豪快な・・・。

サトウキビ工場を見学して、外国との競争は厳しいのだろうなと感じました。また、同時に、しっかりと沖縄農業を支えているというたくましさも感じました。

 

今回のサトウキビ取材を通して、サトウキビがずっと沖縄を下支えしてきたことが分かりました。前回の地下ダムによる商品作物への転化が進む中、それでも沖縄に数多くみられるサトウキビ畑。原風景であると同時に、これからもずっとと凝っていく風景だと思いました。

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おまけ

8月3日木は理科の授業研究会で1部5年の児童も参加しました。私も引率。

子供たちはよく頑張っていました。お疲れ様でした。ようやく夏休みかな。

わたしもようやく一息。午後から打ち合わせをして、夕方。

久しぶりに自分にご褒美。満喫しました。勉強にもなりました。

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108.第18回初等社会科授業研究会が終わりました。ありがとうございました。

8月1日(火)は第18回初等社会科授業研究会でした。

大会のテーマは「多角的な見方考え方」でした。

私は、「畠山さんと森は海の恋人、そしてあの震災」の授業を行いました。

7月29日のしゃかつく研の続きです。

連続の授業を公開のするので、参観された先生に、リアルな授業展開を見ていただけるという良さがありますが、授業者としては、1時間で予定通りの内容と児童の認識を獲得させなければならないので、難しさもあります。

 

さて、授業は前回の終わりに、畠山さんは震災直後の第23回森は海の恋人植樹祭を開こうと声をかけることを断念した…というところまで学習し、一枚の写真を提示して終えました。(106参照)

そこで「この写真は何?」という問いから授業を始めました。

子供たちは

・漁師仲間がやろうと呼び掛けた。

・植樹祭に似たことをしたのではないか。

・畠山さんと活動してきた人たちが行ったのではないか。

・元の海に戻そう、震災に負けない!という気持ちで行ったのではないか。

・畠山さんは難しいけど、畠山さん以外の人、毎年やっている人がやったんじゃないか。

・舞根だけじゃなくて、県をまたいで参加したんじゃないか。

後藤新平の授業で学んだように、自治の精神がみんなに育ったんじゃないか。

・森と海は切り離せないから、続ける必要があったんじゃないか

などの意見が出ました。

とくに「後藤新平」の発言は、これまで、私がずっと教材に込めてきたテーマでしたのでうれしくなりました。

また、「森と海は切り離せない」という意見は、本単元の要点をしっかりとらえています。

さらに驚いたのは「これは、反旗ではないか」という意見。確かに旗を見ると反旗のよう見も見えます。この発言を聞くと、すぐに辞書を引き始める児童がいるのは、これまでの学習の積み重ね。わがクラスながらえらいです(笑)

この部分は私の予想外。今度畠山さんに伺ってみようと思います。

 

その後、畠山さんの取材記事を提示し、これは23回の植樹祭が開かれた様子であること。一緒に活動してきた室根山の人に「体一つで来てください。準備は全部します」と言われたことを学びました。

そして、「森は海の恋人は、森と海だけではないと思いました」

というところにほぼ全員が「心が動いたライン」を引きました。

子供たちは、

・人

・人のきずな

・協力

・人と人の信頼

・人と人のつながり

と意見を述べました。

ここで、児童の予想があっているか、続けて畠山さんのインタビュー記事を示す方法もあったと思います。もう一つの方法として畠山さんと森は海の恋人の植樹以外の活動を示して、人と人のつながりを大切にしてきた活動を示すこともできたと思います。

上のいずれかを示すか、とても悩みました。

どうして悩んだかというと、あまりにQ&Aを繰り返すと、展開が重くなることを経験で感じているからです。この場面での児童の予想・意見は政界に限りなく近く、児童の間では、確認が取れていると思います。それに、次の時間にも触れることになるので確認をしないことにしました。

 

また、本時は、畠山さんのインタビュー記事で「人のきずか」を引き出していますが、本来ならば、畠山さんを呼びに行った室根山の人に取材して、そのインタビュー記事を示すすべきでしょう。

そこまでやって「アナザーストーリー」ですし、多角的な見方・考え方が育つのかもしれません。

しかし、時間切れアウトでした。本教材は今年が初めてです。改善して、来年はもっと良くしていこうと思います。

 

そして、この後は検討会で賛否に分かれた展開です。

三陸は国の方針に従って人の住む海岸線は防潮堤・防波堤が作られているのに、舞根を含めた2か所だけは防潮・防波堤を作らないと決めたことです。

最初に新しく作られた数々の堤の画像を見せて、舞根の海を見せます。するとすぐある児童が「堤防がない」とつぶやきます。比較し、気づく喜びをスライドにも込めておきます。そして、つぶやいた児童には「なんて言ったの?」と問うのです。気づいた児童はうれしかったかもしれません。そういうひと工夫もします。

次の時間は、防潮堤をどうして作らなかったのか考えていきます。

 

この様な授業でしたが、参観して下さった先生方からは、防潮堤への質問が多かったように思います。

その時に正直なところをお話ししたので、詳しくは書きませんが、こういうつなぎは難しいところです。次の時間に頑張りたいと思います。

 

さて、アンケートを読ませていただくと、とてもありがたい意見がたくさん書かれていました。うれしい限りです。

子供たちもとても頑張っていました。参観された先生方に良い面を見ていただけたと思います。さらに子供たちの良い姿を見ていただけるように、教材研究を深め、指導技術を向上させていきたいと思います。また、子供たちの追究する力を高めていけたらと思います。

 

少し迷っているのですが、

この続きは8月26日(土)に開かれる、「価値判断力・意思決定力を育成する社会科授業研究会」と「道徳研究会」の共催研究会で行おうかと考えています。

よろしかったら続きをご覧ください。3回続きはなかなかないと思います。手の内すべてさらけ出しです。(笑)

とにかくありがとうございました。

3つの授業、1つの講座を終え、これで、一息がつけるな。

 

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