粕谷昌良の社会科授業日記

筑波大学附属小学校の粕谷昌良が社会科実践を報告します。

105.手術無事終わりました。いよいよ明日!

今日は骨折した箇所を手術しました。

担当の先生はトライアスリートなので、私の気持ちを理解してくださいましたので、このような手術になりました。ありがたいことです。

手術は局部麻酔で、意識はありましたので、

ものすごい勢いで引っ張られていることが分かっても、

痛みはありませんでした。

なんだか不思議な感覚です。麻酔なかったら悲鳴でしょうね。

 

さて手術も終わり痛み止めを飲んだので、痛くはないのですが、

ずーん。と重さを感じます。

まあそのうち慣れるでしょう。

 

そんなことより明日は授業。

子供たちの良さを多くの人に見てもらいたいな。

子供たちのよさを引き出せるといいな。

 

今日は早めに寝ます。

f:id:syakaikajugyou:20170728213123j:plain

f:id:syakaikajugyou:20170728213210j:plain

f:id:syakaikajugyou:20170728213246j:plain

f:id:syakaikajugyou:20170728213337p:plain

f:id:syakaikajugyou:20170728213410j:plain

104.明日は手術。明後日は第10回しゃかつく研、8月1日は初等社会科研究会!

いよいよ、この夏の授業・公開週間が始まります。

7月29日(土)第10回 小学校社会科授業づくり研究会

 公開授業「畠山さんと森は海の恋人、そしてあの震災」

7月31日(月) べーシック研究会

 ベーシック講座 多角的な考え方を育てる授業についてお話しします。

8月1日(火)第18回 初等社会科研究会

 7月29日の続きです。内容的には、この時間が山場になるかな。

 

という具合で、行きつく暇がありません。

しかも、29日の研究会は事務局長なので、雑用が多いこと。

去年は終電でした。

 

こんなに時間がないのに、明日は骨折の手術です(涙)

どうなっちゃうんだろうか。

 

今日できることはしていますが、そうはいっても前日手術は厳しい。

畠山さんの授業は、いわゆる「新作」です。

これまで何度もやったことのある授業なら、精査で来ていて何とかなるのでしょうが、

「新作」はどれだけ準備をしてもしたりないのが正直なところ。

今日も板書してみましたが、まだまだ。

 

そういう時に、教員の中でよく言われる言葉があります。

 

「子供たちが救ってくれる」

 

子供達なら、教師の危機を救ってくれるという意味と

自分が育ててきた子供たちは、どんな時でも活躍するというこれまでの指導の在り方を問われているという意味の両方があります。

 

考えてみれば、私はこれまで、ずっと前者の方向で救われてきました。

自分がピンチになると、子供たちがそれを察知して助けてくれました。

 

一番の思い出は、千葉市の教員をしていた時、

5・6年と持ったクラスがありました。

卒業式を2週間後に控えたある日。私はすっかり具合が悪くなっていました。その時は発熱していたと思います。なんとか午前の授業を終え、給食をほとんど食べることができず、昼休みになりました。不覚にもそのまま机で眠ってしまいました。

 

あっ。いけないと思って目を覚ましたら、もう5時間目が終わろうとしていました。

子供たちは全員が、物音一つ立てず静かにドリルをしていました。

「どうして起こさなかった?」というと

「先生、大分疲れてますね。休んでいてください。自分たちでできます」

といって、黙々と勉強していました。後で聞けば、掃除も静かにやっていたそうです。

そんなことができるのか? ああ。クラスも育つとそこまでできるのか。

 

それにしても、授業をつぶすとは、

私は、どうしようもない教師だなと思いながらも、

教師がだめでも、子供は育っているなと思いました。

自習する子供たちは誇らしげな表情でした。

 

今年で教師になって20年目。振り返ればいろいろなことがありました。

そのほとんどがよい思い出です。

 

先日の事故の翌日に遠方で授業も初めてなら、

手術の翌日に公開授業も初めて。

さて、こういう時こそ、実力が問われているのだが。

燃える闘魂。足りない実力。

これが現実だな。

 

とりあえず明日の手術。泣かないよにしようっと。ハンカチは持っていこうかな。

 

おしまい。

 

 

103.沖縄取材で発見! その①

子供たちが夏休みに入ってすぐに、沖縄に取材に行きました。

取材とか言って、本当は遊んでたんでしょ!

という声が聞こえてきそうですが、

沖縄らしさのかけらもない、白い半袖シャツにユニクロのドライストレッチズボンという、完璧クールビズです。水着なし。

今回は、その中で、教材にできそうなことを紹介していきます。

さて、一つ目は下の写真です。

f:id:syakaikajugyou:20170726152459j:plain

 

これは糸満市にある地下ダムです。

沖縄は石灰質の土壌のため、雨は多いのですが、土地が水分をためることができず、すぐに海に流れていってしまうので、水不足に陥ります。

そのため、昔は甕がどの家庭でもあったようですし、現在も下のように

f:id:syakaikajugyou:20170726153019j:plain

 

見づらいのですが、白壁の家の多くに水をためるタンクがあるというのです。

 

しかし、今回取材した内閣府の方、土地改良区の組合長のお二人によると、現在水不足は10年以上起きていないとのことでした。そのため、屋根にタンクを設置することはほとんどなくなったそうです。(社会は変化しているなあ)

水不足解消の一つの方策として、「地下ダムがあります」地下ダムは、水はけのよい石灰岩層斜面の海岸に近い部分に、20mの円筒状のコンクリートの柱も幾重にも埋めていきます。それが海岸線に沿って、列をなしていくと、コンクリートを水が取れないので、石灰岩層にためっていきます。たまった水を吸い上げればよいというわけです。

陸上にある普通のダムを地下にそのまま持って言ったイメージです。しかも、地下なので環境負荷も少ないそうです。

これによって恩恵を受けたのは農家です。これまでは、水が不足しても育つサトウキビしか栽培されていなかった土地に、高値で取引される果物や野菜が栽培できるようになり、大変潤ったそうです。

 

私は公共事業の鏡だなあと思いました。

 

 

102.大きな失敗

ずいぶん長い間更新をしていませんでしたが、

少し事情があったのです。

最初のそちらから。

 

何回かこのブログでも触れさせていただきましたが、

私はロードバイクヒルクライムのレースの出ています。

仕事の合間を縫ってコツコツと練習してきました。

夏の終わりに「全日本マウンテンサイクリング IN 乗鞍」

というヒルクライムの一大イベントがあり、

そこでチャンピオンクラスの出場権を得ることが目標でした。

これまでの経過から、「達成できるかも」という状況になってきていました。

 

そして、事件のあった日は、沖縄取材と山口県での授業の合間の1日でした。

取材と授業で数日間練習できなかったので、「この日は」とばかりに千葉の鹿野山で練習を開始しました。練習の間隔があいてしまったので、タイムが伸びない中、必死にもがいていました。

頂上付近の直線で、私は左車線の隅を走行していた時、対向車がのワンボックス見えました。すると急に対向車が私の方に曲がってきました。ちょっと考えられないタイミングでした。運転手さんがお話ししてくださったのですが、「全く気付かなかった」そうです。見ていないので考えられないタイミングになるのは当然です。

「ぶつかる」と思って急ブレーキをかけて、「間に合わない」と思ったので、とっさにハンドルを右に切りました。それでも止まれず、かなりのスピードでワンボックスの助手席側にぶつかりました。左頭部から頸部を強く打ち付け、反動で地面に叩きつけれれました。「頭を打った。まずいな。寝てなくちゃ」と思い。静かに横たわっていました。意識ははっきりしていますが、かなりの痛みがあり、頭部を打ち付けたので不安でなりません。運転手が出てきて「大丈夫ですか!」と。「大丈夫ではありません。すぐに救急車を呼んでください。それから警察も」と動揺しながらもそう告げて、目を閉じてじっとしていました。

救急車に乗って病院に行きました。検査をした結果、左手親指の付け根を骨折していましたが、CTやレントゲンで頭部から頸部には異常は見られないということでした。ただむち打ちや神経痛はあるということです。確かにむち打ちになっていて、頭部の表面がしびれています。救急で見ていただいた先生から、「とにかく、明日、指は専門の整形外科の診断を受けないと。仮に固定しておきます」というお話。

でも、明日は山口なんだよな。どうしたものか・・・。

 

このとき、

①仕事に影響が出ないように、精一杯回復に努めつつ、以前から約束していた仕事は可能な限りやり遂げよう。

②1か月後の大会には復帰しよう。(もう、目標は達成できないだろうが)

ということを決心しました。

 

次の日、病院行かずに、山口で授業をさせていただいたのですが、正直頭は痛いわ、指はずきずきするわで、困ったもの。時々脂汗が出るほど痛いけど、痛み止めを飲んでなんとか・・・。自分の不注意だから、迷惑をかけたくなかったけど、迷惑になっただろうな。

 

さて、月曜日に整形外科の先生に見てももらうと、「指が陥没してるから、手術ですね」とあっさり。「いつするんですか?」と伺ったら「金曜です。全身麻酔で2泊3日の手術です。」だって。ちょっと待ってよ、次の土曜日は「第10回しゃかつく研」月曜日は「ベーシック」火曜日は「初等社会科研究会」。大切な研究会が並んでいるんです。

お医者さんに、「何とかなりませんか?」と質問

お医者さんは困った顔で、「局部麻酔ならその日のうちに終えられます。でも痛いし、相当の我慢がね・・・」

「局部麻酔でお願いします」と即答。

①の仕事に影響を出さないが何とか守れそうだが、翌日とか痛み止めだな・・・・・。

 

当分の間、いろいろな方に迷惑をおかけするかもしれませんが、基本的に元気です。

事故の後、愛用のヘルメットを見たら、陥没した箇所が2か所。プラスチックが摩擦で歪んでいた。かぶっていなかったとしたら、私の頭蓋骨がこうなっていたのか。

いつも面倒見てもらっているサイクルショップへもっていくと。「ヘルメットの中も折れているよ。良く生きていたな。もっとひどいことになっても決しておかしくない状況だよ」と。自転車もカーボンだから歪んだらおしまい。治せないそうです。苦楽を共にしてきた愛車ともお別れなのか・・・。悲しい。

 

でも、この程度で済んだ。運がいいと本当に思います。

いつも社会科教材で、困難に挑む人、挑戦し続けている人を追いかけてきたから、こんなの何でもないと心から思える。相手の人も恨んでいない。それも心から言える。

 

というわけで、週末の「第10回社会科授業づくり研究会」火曜日の「第18回初等社会科研究会」良い授業を子供たちとできるようにがんばろうっと。

おしまい

 

 

 

101.「福島のおコメは安全です。胸を張って言えるけど、食べてくれなくてもいいんです」 その⑭

日本橋ふくしま館へ

 

お手伝いをして、お金を貯めた子供たちは、グループで日本橋の福島アンテナショップへ行きました。

その日は、桃の初売りということで試食もしていました。

しかし、子供たちのねらいは「天のつぶ」でした。

あっという間に2キロのおコメは売り切れてしまいました。

(事前にあいさつに入っておいたけど、おコメを多く用意しておいて言わなかったのは失敗。でも、子供たちがおコメを一番買いたいと思うとは少し予想外。うれしい予想外ですけど)

 

子供たちは、自分がお手伝いをしてためたお金なので、少し使いたくないという気持ちもあったようです。それくらい一生懸命お手伝いをしたんですね。ただおうちの人にもらうだけではこういう気持ちにならないでしょう。こういう貴重な体験を積み重ねて子供たちの心は耕され、弱い人の気持ちが分かるようになったり、人のために行動できるようになるのだと思います。

「成功する人間は、いつも人を助ける機会を探している。

 成功しない人間は、「それは私にどんな得があるのかね」と尋ねる」

というアメリカのスピーカー、コンサルタントのブライアン・トレーシー言葉がありますが、人のことを考えられる人は人の輪を作ることができるでしょう。そうでない人は結局は孤立してしまう。豊かさとは?成功とは?そして、自分を高めるとはどんなことなのか、改めて問うてみるといいでしょう。

 

さて、話が脱線しましたが、子供たちは、自分の力で得たお金で支援をします。桃を売っている方やレジの方から「ありがとうね」と何度も声をかけられる。その時の子供のうれしそうな表情がいいものです。直接体験の良さです。そういう善意のやり取りで、心が耕され、思考も深くなっていくことでしょう。

この様にして、風評被害に挑んだ「福島のおコメは安全です。胸を張って言えるけど、食べてくれなくてもいいんです」の単元は幕を閉じました。

しかし、子供たちの心の中で追究は続いていくことでしょう。福島という文字や風評被害放射線という文字を目にするたびに立ち止まり、考えていくのではないでしょうか。(おしまい)

 

f:id:syakaikajugyou:20170711074426j:plain

 

感想

日本橋福島県のアンテナショップにいった。復興支援のために買い物をしたのだ。なぜなら私は授業で学ぶまで福島県が安全で安心な農業に努力していると知らなかったため、何となく避けていたが、学んだ今は、福島にはどんな素敵なものがあるか知りたくなった。

 実際に行ってみると農作物や陶器が置いてあった。農作物の中にはおコメもあった。その一袋一袋に検査済とか、安全と書かれていて、本当に努力している。これが安心・安全につながっている。私も学ぶまで知らなかったので、もっと多くの人に知ってもらいたい。お店の人は明るく福島の前向きな姿を見ることがで来てとてもうれしかった。昼食をそこで食べたが御飯がついていた。予算不足でおコメを変えなかった私だが食べることができて幸せでした。なんとなく避けていた私が食べたいと思うようになり、そして実際に味わえるアンテナショップは素敵な場所で、福島県に行ってみたくなった。

 

・私は授業が始まったころは「食べない」にしていました。理由は不安があったからです。それが少し実食べたいに変わりました。今回アンテナショップに行ったことによって、もっと福島を身近に感じることができました。それは実際に味わったからです。試食によって「おいしい」が分かり、深く安心できたのです。そこで、コシヒカリを買いました。重かったけどうれしかったです。味は他のおコメと変わらずおいしかったです。電車に乗って、yちゃんとパンフレットを見ていました。するとÝちゃんが「ファンクラブに入ろうかな?」と言いました。最初は笑っちゃったけど、あとから考えるといいかもと思いました。

 

・今回言って感じたことは、お客が案外多かったことです。お店の人は一生懸命作った、おいしいものを自信をもって提供しているんだなと思った。お手伝いでためた1980円。このお金で天のつぶを買うと決めていたので、初めて行った八重洲で迷わず買った。お店に亡くなればまた注文されて少しだけ農家に方のためになると思う。そして、私たちが広めたら安心が広がると思う。いただいた「福島民報」に全量検査の在り方協議と書かれていた。この検査には年間60億円かかる上、検査の手間も大きく農家の負担が大きい。また、検査自体が風評を助長しているのではという意見から、協議が始まると書いてあったが、今のところ検査希望は73.1%となっている。その73.1%は安全だと知らず安心とは思えていない私たちの心ではないかと感じました。私に今できることは、福島のおコメを買って心からおいしいということです。いずれ、がんばっている人たちの笑顔が続くことです。

 

・福島館に入って最初に目に入ってきたのは、桃だった。お店の人に試食させてもらいうととても甘かった。買っていこうと思って値段を見ると、2個で400円だった。私の町のスーパーでは1250円から300円するそうです。つまり福島の桃も安いということです。天の津美も桃も安い値がついてしまう。味はおいしいのに。安い値がつくのはやはり風評被害からだろうか。福島のことを疑う人もいる。私もその一人だったが、天のつぶを食べたいと思うようになり、食べてとてもおいしいと感じた。だからもっとたくさんの人に子のおいしさを伝えたい。そうすれば風評被害も減らせる。これからは、わたつぃたちのできることなら何でもして、たくさんに人に天のつぶを知ってもらいたい。

 

・私が一番驚いたことは「がんばれ福島」というようなポスターが私の見た限りはなかったということだ。なぜなら普通、自らの県を応援するだろう。でもそういうポスターは張らないという理由もわかってくる。「被災してかわいそう。たくさん買ってあげよう」と思ってほしくないのではないか。福島館の人は「これおいしそう。買おう」という気持ちで買ってほしいのだ。

 

・福島館の中に入ったら、すぐに桃の試食をさせてくれた。食べたら口の中に桃の甘みが広がり、桃を買いたくなって買った。買ったものを入れた福島のパンフレットに、ファンクラブ会員募集中と書いてあった。このファンクラブは福島館のイベント情報など最新ユースを月2回程度配信してもらえるファンクラブだ。お母さんと相談してファンクラブに入ることにした。その情報をあてにして、お父さんの仕事が帰りや保護者会の帰りなどに買ってもらおうと思った。お店のおばさんが「若いお客さんは久しぶりだね。うれしいよ」と言っていた。眞粟のお客さんを見ると確かに高齢の人が多かった。これから長く生きていく人たちに福島を応援してもらうことが復興につながる。若者のファンを増やしていくことが大切だ。

 

・今日僕たちは福島復興支援のために福島のアンテナショップに行った。僕は母から福島にはたくさんおいしいものがあるよと聞いていました。実際に行ってみると、震災後とは思えないほど元気な雰囲気でした。お店は広く、母の言う通り、おいしそうなものがあって、何よりみんな笑顔でした。お店に入ると桃の試食を進められて、食べてみるとみずみずしくておいしかったです。全然心配などという気持ちにはなりませんでした。他にも「ママ度折る」「金山納豆」「ずんだもち」「豆大福」を買いました。どれもこれもおいしそうで、なぜこれを安全だと思えないのだろうと思いました。福島のものは安全でそれをPRもしている。けれどもそれを知らない人も多い。ただ、それだけのことなのだと思う。百聞は一見に如かずだと身にしみた。

 

 

100.「福島のおコメは安全です。胸を張って言えるけど、食べてくれなくてもいいんです」 その⑬

「復興支援に動き出す子供たち」(追及の鬼?かな)

 

三浦さんは数十年後を見据えて、地道な農地回復に加えて、太陽光発電を行っていることが分かりました。

教室でも、三浦さんの行動力と前向きな様子がすごいと話題になりました。

しかし、三浦さんはあくまで農家の一人であって、全員が三浦さんのように前向きになれていないかもしれません。また、三浦さんにしてもおコメをはじめとする農産物が高く取引されることを望んでいないわけはありません。

 

教室では「福島のおコメを食べるべきか?」という議論の中で、

「自分たち40人が頑張っても、風評被害は止められない」という意見がありました。

「少しくらい買っても、解決にはならない」という意見も。

それとは逆に

「実態を知った私たちがきっかけにならなくてどうするの?」

「うちもお母さんは危険だといっていたけど、授業で私が学んで、調べたら危険じゃないかもといっていたよ。広めていけばいい」

という意見もありました。

 

では、実際に募金や支援はどれくらいになっているのでしょうか?

内閣府の防災情報サイトよると、2011年から2014年3月までの3年間で日本赤十字中央共同募金会日本放送協会及びNHK厚生文化事業団の4団体の合計で3743億円集まり、日本赤十字社によると海外からの支援も1001億円が集まったそうです。

日記に、義援金で建てられた学校や募金でできること調べてくる子も出てきました。

小さな善意が大きな力になります。

 

意味がないと考えていた子供も次第に、「やってみようか」と風向きが変わってきました。

具体的な支援の方法は、以前日記で「日本橋ふくしま館」というアンテナショップに行って「天のつぶ」を買ったという日記を書いてきた友達からヒントを得て、

クラスで「アンテナショップに言って買い物をしたら?」という意見が出てきました。

私も子供のできる無理のない支援になるだろうし、子どもも楽しみながら学べるいい学習になるなと思いました。

そこならば、もし食品に不安があっても非食品を買えばいいのです。

俄然盛り上がってきました。

 

そこで私が一つ提案をしました。

「しかし、ただおうちの人からお金をもらって福島のものを買っても・・・。」

ということです。自分で得たお金で支援してほしいと思いました。

そこで、ご家庭にも協力していただき、2週間でお手伝いをしてそれに応じてお金をいただく。例えば、風呂掃除1回10円のように。それを家庭で話し合って決めてもらい、たまったお金で支援することにしました。

f:id:syakaikajugyou:20170710111712j:plain

 

 

 

お手伝いは、とても意気込んだ児童が多かったようです。熱心にお手伝いをしたことが日記に書かれるようになりました。

そして、2週間が経ちました。子供たちは1000円程度のお金を貯めることができました。そして、楽しみにしていた「日本橋ふくしま館」見学です。

(続く)

f:id:syakaikajugyou:20170710111908j:plain

f:id:syakaikajugyou:20170710112016j:plain

↑「日記」の紹介コーナー。張り出されると嬉しいですし、だれがどんなことを調べているのかも気になります。授業を離れても風評被害を追究する教室になってきました。

 

 

 

 

 

99.「福島のおコメは安全です。胸を張って言えるけど、食べてくれなくてもいいんです」 その⑫

どうして三浦さんは「食べなくても結構です」といったのか?

風評被害で困っているはずの三浦さんは、どうして「食べなくても結構です」といったのか?そのことを話し合っていきます。

 

 

f:id:syakaikajugyou:20170707074306j:plain

子供たちの予想では、

 

・あきらめたのではないと思う。

・安全だけど、100%安心して買ってもらいたいんじゃないか。

・無理して買ってほしくない。

・買わない人の気持ちも考えている。安心がないと買ってくれない。

・そうそう、安心には時間がかかるってわかっているからじゃないか。

・新潟のおコメと比べて、復興とかじゃなくて、味とかで勝負して買ってもらいたいんじゃないか。

 

という予想。三浦さんは「安心」して買ってほしい。おいしいと思って買ってほしい。と思っているんじゃないかという話になりました。

 

そこで、資料を提示します。

 

資料

○福島の「天のつぶ」は全袋検査をして安全なのに、なかなか売れず、価格も全国平均を大きく下回っています。風評被害が深刻で困りますね。

 

ふるさとの南相馬の小高から相馬に移って、震災の翌年2012年から米を作り続けています。しかし、買ってくれる人はほとんどいない。困っていますけど、

「福島のコメは安全です。

でも、食べてくれなくていいんですよ」

 

やけくそになっているわけではありません。安全な米を作ろうと心がけています。全袋検査を必ずしています。私の直売所「野馬土」には測定器があって全袋検査しています。野菜もです。もし、少しでも出ていたら、その測定値を商品に貼っています。確実に安全です。

田んぼは、表面のセシウムを耕して、下の土とかくはんしていきます。地面をひっくり返していくことを天地返しと言います。すると、セシウムの量はぐっと減ります。それを繰り返して、年月が経っていくと、セシウムが表面から20センチとか深いところに沈んでいき、表面は安全になります。大体20年で放射線は影響がなくなります。ですから、地道に天地返しをやっていけば安全な土の戻るということです。成果は確実に表れて、2016年には福島産のコメで、国の基準の100ベクレルどころか、25ベクレル以上の放射能は1つも見つかっていません。1000万袋以上も作っていて0です。安全といってよいのではありませんか?

 

私自身、原発事故の直後は福島のおコメを食べることができませんでした。2012年に取れたコメの放射線量を測ったら、国の基準100ベクレルはクリアしていましたが、30ベクレルを越えていたので、まだ安全とは思えませんでした。2013年は10ベクレルを下回る数字になってこれなら大丈夫だと思って私も食べました。実は、北海道に続いて放射線量が低いのは福島だったりするのです。福島の倍くらいの線量のところもたくさんありますので、福島のコメだけが危険だという風にはならないでしょう。私の場合、実際に線量を図っていて安全だと言い切れるのですが、「福島のコメだけは買わない」というのが皆さんの考えでしょうね。その気持ちもわかります。事実を知らないということです。結局は自分の目で見ていないのです。

それに、例え「0ですよ。安全ですよ」と保障しても、判断するのは一人一人の人の心です。福島のコメは確実に「安全」なのです。それを信じられるかどうかは「安心」の問題です。「安全」と「安心」は違うのです。

 

私たちにできることは、公表した結果で安心してもらえるようになるまで、測り続けることです。そして、できる限り少ない放射線量を求め続けて栽培していくことです。

福島のコメを食べようと思ってくれるまで、すごく時間がかかると思います。広島が原爆の被害を受けて、危険な場所と言われてから、現在の平和の都市のようになるくらいの時間が必要なのかもしれません。「安心」や「平和」、人の心に関わるものは時間がかかるものかもしれませんね。

 

○買ってくれなくて、困ったり、悩んだりしませんか?

私は買ってくれない人が悪いとは思いません。私も放射能が怖くて東京に避難したから、食べない人と気持ちが分かります。売れればラッキーですよ。震災前から私は自分の作るコメのうまさには自信がありました。震災前、私が作る無農薬のこだわりのおコメを買ってくれたお客さんは健康への意識が高い人です。健康への意識が高いからこそ震災後は、逆に買ってくれません。当然でしょう。でも、急ぎません。食べるか食べないかは、お米を食べる方が判断することです。福島の環境が安全だってわかれば、買ってくれるようになります。だから、それまで努力することが大切です。その努力を消費者が見ているんだと思います。福島の悲惨な現状を見て「どうして買わないんだ」とおこってくれる人もいると聞きます。ありがたいことです。でもまだ6年ですよ。まだまだ時間はかかります。どれくらいの時間がかかるかわからないけど、その間のくらしも米作りも楽しくやっていきたいです。「福島いいですよ。最高の環境です」

 

○そうはいっても売れなければ、日々の生活に困りませんか?

私の住んでいた南相馬の小高で農業ができるようになるのは、地道な作業を何十年とやり続けていくしかありません。それまで、無収入かというとそうではありません。それは、農地に太陽光発電施設を作って発電しているからです

私たち市民が望み、福島県は「再生可能エネルギーさきがけの地 福島」を浪江をはじめ、浜通り地区で実現しようと試みています。市民や地元の企業が中心になって、必ず原発20キロ圏内の浪江も南相馬も復興させようと思います。先祖代々の農地見捨てるのではなく、20年後30年後復活できるように、農地の上に太陽光パネルを設置し太陽光発電で収入を得ています。そして、放射線が弱まったら、再び農業ができるようにするという試みです。今80歳の方が、孫のために田の一部を太陽光発電にしています。そして、除染されて、栄養分のある表土をはがされて、養分0の田に、菜の花を植えました。その年の背丈は10センチほどしかありませんでした。生命力のある菜の花でも土がだめなら育たない。しかし、今年は20センチくらいになったかな。菜の花を田んぼに漉き込むことで栄養が増えていく。それを繰り返し、放射線も少なくしていく。20年後の農業の再開を目指しています。

被災したからと言って、落ち込んでいませんよ。津波原発でやられた私たちのふるさとは、太陽光発電風力発電と綿の栽培をして、トレーラーハウスを置いて、再生エネルギーの中心地にしたい。多くに人が憩える場所にしたい。ちょっと気取った話だけど、26歳の時に「日本の農業は俺が救う」と勝手に決めたんです。だから、必ずしも自分がもうからなくてもよいと考えています。農家がみんな生活できて、日本の農業が健全ならばいいと思う。今は健全ではないけどね。健全にしますよ(笑)

 

○元気ですね。私の方が勇気づけられます。

ははは。 「被災者らしくなくって、すみません。」ってたくさんの方に言うんですよ。みんなずっこけます。

 

三浦さんのインタビュー記事を読み、三浦さん自身が原発事故直後に東京まで非難したことなどから、放射能のおそれが根強いことを十分理解してる様子でした。そのため、安全が確保された福島のおコメでも、安心して買ってもらえるようになるにはかなりの時間がかかると承知しているようです。それは原爆投下の町広島が、平和の町広島になるのと同じくらい時間がかかるのではないかとコメントしています。

それまでの間、三浦さんは、南相馬のご自分の田んぼの上に太陽光パネルを設置して収入を得ています。20年、30年後に放射能の影響がなくなったら、その時点で農業の再開を目指しているそうです。そして、太陽光と風力など自然エネルギーの拠点としたいと語っていました。

 

 子供たちの予想は当たっている部分もかなりありました。しかし、太陽光まではさすがに予想できず、その前向き具合に驚いていました。子供たちは、三浦さんから勇気と希望を感じていたようです。

 

感想

東日本大震災はとても過酷だ。放射能が散らばって、家は崩れてなくてもすめない人がたくさんいた。人間が浴びていい放射能の量を上回る地域もまだある。震災で大切なものをなくした来るさみと悲しみは一生忘れられないことだろう。それなのに、努力して今では少し実だけど米作りを再開している。本当に素晴らしいことだ。このまま続けて努力をしていけば、20年後、30年後は再生可能エネルギーの町になっているだろう。原発は東京のせいだからできることはやりたいと思う。安全・安心の福島を買いたい。少しでも福島に協力したい。

 

東日本大震災を体験した三浦さんだからこそ「買ってくれなくていいんです」なんて言えるんだと思う。三浦さんがそういう風に言えるのは、みんなが買わない理由をちゃんとわかっているからだと思う。でも私がその立場だとしたら絶対に言えないから、三浦さんはとても優しい性格なんだと思う。

 

・三浦さんは被災者らしくなくてすごいと思いました。食べてくれなくていいですというのは意外でしたが、太陽光発電もすごいと思いました。安全な米だから買ってもいいと思います。町の人も買った方がいいと思う。買わないのは風評被害でした。三浦さんはそれに耐えている。福島が再生可能エネルギーの町に早くなるといいです。

 

・つらい思いをしたはずの三浦さんの明るさに驚いた。私が三浦さんの作るおコメだったら、牛のえさになっても愛情を人一倍注いでもらっているのでうれしいのではないか。これからもあきらめずに進み、いつか安心して食べられるおコメ「天のつぶ」になってほしい。

 

・三浦さんはすごい。父をなくしたり、自分の故郷の福島が原発で汚染されてしまった三浦さんはいつも笑顔であきらめず、福島のコメがみんなに信頼されるまで努力そしている。今まで、学習した人物で例えると三浦さんは後藤新平だ。あきらめず、みんなのことをいつも考えている。元気な三浦さんはすごい。

 

・今日の授業は三浦さんのあきらめない気持ちから「食べなくて結構です」と言っているのだと思った。広島の原爆被害がそうであるように、福島のイメージが改善されるまで時間がかかると思います。でも、三浦さんは、今でも太陽光パネルで電気を起こして収入を得ようとしたり、米作りも変わらず愛情を持って取り組んでいます。だから、あきらめたのではなく、福島のおコメを心からおいしいと思ったり、復興支援のためだったりじゃなくて、新潟米などと同じ立場のコメとして食べてくれるようになってほしいと思っているのではないか。

 

・私は三浦さんの強さに感激しました。震災で父の田がやられてしまったのに、「被災者らしくなくてすみません。」と笑っているのです。たとえ、米をしばらく買ってもらえなくていいとしても、全然売れなくて悲しいはずです。私は福島のおコメを食べたいです。食べたことがないからです。だから、お手伝いを頑張って買いに行きます

 

この「お手伝い」については、総合的な学習の時間に取り組むことになった学習です。それは次回に。