粕谷昌良の社会科授業日記

筑波大学附属小学校の粕谷昌良が社会科実践を報告します。

268.地球のうらの友だちも その⑦

7時間目

1 ねらい

ODAの減少を議論する中で、マザーハウスの山口さんの事例を知り、国際貢献から国際協力へと考えが変わりつつある現在の国際社会に変化を追究する手がかりを持つ

 

2 本時の展開

 

1.学習問題を作る。

○前時の学習を振り返る。

・ODAは年々減少している。

・国連の定めた国民総所得に対する割合にも遠く及ばない。

・このままでいいのかな。

○具体的な数字などを振り返りながら、ODAの減少について話し合う足場を作る。

日本のODAが減少していることの是非は?

 

2.自分の考えを述べる。

・日本も戦後復興で支援されたのだから増額すべき。

【歴史的視点】

・生まれる場所は選べないのだから支援すべき。【基本的人権

・日本は貿易国だから外国の健全な発展が必要。【経済的要因】

・一国では解決できない問題だから。

【グルーバルな問題。SDGs】

 

・日本も苦しのだから仕方がない【国内の経済事象】

・途上国の現状を知らない人が多いのでは。【情報の不足】

・本当にためになっているのか?募金は届いているのか。

【事業への疑念】

 

○一人一人の考えを述べさせる。これまでの学習を生かすなど、自分の意見の裏付けとなる根拠を見取りたい。

○ODAの在り方について、よりよくしていく問視点で、クラス全員で考えていくという意識を持たせたい。

3.黒板の記述をもとに、支援に取り組めない事情を考える。

〇原因だと思う事柄に黒板に赤線を引き、話し合いを整理していく。

・疑わしいと感じる人が多いのでは?

・本当に役になっていると実感できないのでは?

〇おそらく、子供たちは支援しなくてもいいという考えはないだろう。そこで、支援から遠ざけてしまう原因の、一応の結論を考えていく。

 

本当のことが分からないのではないか?

 

○支援は本当に届いているのか確かめに行った人の話を知り、山口さんの立場に立って考える。

・想像以上に厳しい現実だったんだ。

・厳しい環境でも、強く生きる人たちを見て、自信を無くしたんじゃないか。

・本当に貧しいとは心まで変えてしまうのかもしれない。

・挫折を味わったのかも。

山口さんはバングラディッシュに残った?帰国した?

○山口さんの体験から「貧しさ」とは何か考えていく。 

〇きれいごとでは済まされなかった現実と一人の人間としての決断を考えていく。

 

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私の振り返り

 

公開研究会の1日目でした。

前時でできた課題「ODAの現象について賛成か反対か」を述べながら、ODAのあり方、国際貢献のあり方について考えていく場面です。

協議会でも話題にのぼりましたが、「賛成か反対か」は方法であり、ODA減少の是非を問うことが目的ではありません。

賛成なのか反対なのかを述べ合う中で、国際貢献の課題やより良いあり方に気づいていくことが目的です。

 

子供達の意見は、板書にある通りです。

 

この時間、私は、黒板に子供達の意見をどんどん書いていきます。

整理はしません。色もつけません。とにかく書いていくだけに徹します。

そして、意見が出尽くした後で、

子供達に大切だと思ったところを、前に出てきてもらい、赤線で引いてもらいます。

この授業では、

「支援はすべきだが、お金がかかることは」

「多くの人が、困っている人がいることを知らないのだから、もっと多くの人に知ってもらう」

「日本人から地球人へ」

に線がひかれました。

 

誰もが、支援は大切だと思っていても、お金がかかるとなると・・・。と思っていると思います。

また、本当に起こっていること、現実を知らないということもあります。

一方で、日本だけで問題、一国の問題から、グローバルな問題として捉えないと解決できないという視点もあります。

 

私が、黒板にまとめなくても、自分たちで大切なことに気づいて行けます。

自分たちの力で、問題を解決して行くことを大切にしたいからです。

読んだ本で、6年生くらいから、「自己実現」への欲求が高まることが書かれていて、それをヒントに、このような方法への移行を試みました。(今度紹介します)

これが、今回の板書での工夫です。

 

さて、実際に現実を見に行った人として、マザーハウスの山口さんの登場です。

下の資料を読んで、子供達は衝撃を受けたようです。

 

さらに、スライドで、話を進めます。

苦労の末、メディアに取り上げられた山口さんですが、かき直しを求めます。

それはどうしてなのか❓

本時はそこで終了。

 

資料

『裸でも生きる』山口絵理子 講談社 より

米州開発銀行とは、ワシントンD.C.に本部がある国際機関の一つでラテンアメリカ向けに支援や融資を行う。多分落ちただろうなあ。2000人以上が応募して受かるわけがない。私より英語ができて第二外国語ができる人たちは、たぶん1800人くらいで私が勝てる要素なんてこれっぽっちもないと思った。合格発表に日が来た。電話が鳴り、たった4名の一人が私と知らされた時、涙が出てきた。「やった。やった。やった!ワシントンに行けるんだ。夢の国際機関で働けるんだ」

 

 最初は仕事なれなかったが任されるようになり、徐々に私の仕事は多くなり、週末も出勤するようになった。ある日、部署ごとの予算を集計し一致するか確認していると、どうしても1、2ドル合わなかった。

「ボス。どうしても、1・2ドル計算が合わないんです」

「あっ。オッケー、オッケーよ。そっちの方、合わせておいて」

その時は、そんなもんかなあって通り過ぎたけど、帰りのバスの中も、ベッドの中でもずっと気になって考えていた。

(2ドルでも、それってすごく大きな金額だよなあ。途上国の人たちにとっては)

 

翌日、ランチを共にしていたアメリカ人のマイケルに

「私、途上国に行ったことがないんだけれど、一日1ドルで生活しているって言いますよね。なんだかイメージわかなくって。こんなに直接かかわる仕事をしているのに・・・」と質問すると

「何だよ、君そんなことで悩んじゃって。僕だって行ったことないさ」

他のメンバーにも質問をしたが、現地に行った人はいなかった。私は考えた。(この大きなビルは、途上国の現実からあまりに遠くかけ離れている。PC上でお金が動かすことが国際支援?)私の心には一つの決心が固まりつついあった

それは「途上国へ行く」。事務所にあった真新しいパソコンで「アジア 最貧国」と検索した。そして出てきたのは「バングラディッシュ」という国だった。

「うっ・・・」

飛行機を降りた瞬間、異様な臭いで気持ちが悪くなる。バングラディッシュの空港についた。思わず空港のトイレに入ったら、その汚さにさらに気持ちが悪くなった。

空港のゲートをくぐると、群衆が、みんな私を睨めつけてくるように感じた。白いシャツが茶色く変色してしまった若い青年も、白髪が長く伸びて杖を突いている老人も、おなかが出た赤ちゃんを抱っこしているおばさんも、みんな同じ人間だなんて思えない表情で私を見ている。私は凍り付いてしまった。どうしようか迷っていると、後から後からたくさんの人が私に駆け寄ってきて手を差し伸べる。誰かが私の荷物を引っ張ている。びっくりしたのとこわいのと、理由が分からないのとで、心臓がバクバクしてしまった。とさっさに振り払って逃げようとしたとき、誰かが「マネー・・・」って言ってきた。(あっ。お金が欲しいんだ・・・)バングラディッシュに入ってからのこの一瞬、一瞬が、私の人生で、今初めて起こっていることだった。何とかゲストハウスにたどり着くことができた。その日の夜はこわくて,怖くて眠れなかった。少しの物音にも敏感に反応してしまい、その度に心臓が体から飛び出そうだった。

 次の日の朝、ものすごい頭痛がしたが、2週間というわずかな期日、一日も無駄にできないと外に出た。暑い。リキシャ(8歳からこの仕事。驚く)にのっていく。「あれはなんだろう」それは、私が初めて見た、いわゆる「スラム」だった。気持ち悪いにおいと裸の赤ちゃんがいっぱい。みんな上着も下着もなにもない。お母さんと思われる女性もぼろをまとっただけ。髪の毛は汚れすぎてもう一本一本ではなく束になってしまっている。空港で合った人々は、みんな私のことをじっとにらんできたが、このスラム街の人は私のことなんてちっとも見ない。誰が通ろうと興味を示さずゴミの山をあさったり、緑色の川で洗濯をしたりしている。人間が生きられる水準を下回っているスラム。この衝撃はずっと頭から離れなかった。

 私はどうして日本に生まれたんだろう。

 もし、このスラムの中で生まれていたらどうやって生きていって、何を考えたのだろう。何かを考えることすらできなかったかもしれない。どうしてこんな世界が今なお当たり前のように存在しているんだろう。日本やほかの先進国が何十年と与えてきた、何十億、何百億、何兆円もの援助金はどこに消えちゃったのかな。

 そして次の日も、またその次の日も、私はたくさんのものを見てしまい、たくさんのことを考えてしまい、「私は何のために生まれてきたのだろう」と考えてしまった。

 親しくなったバングラディッシュの女の子に「私も日本に連れて行って」そう迫られた。家族の問題、お金がないこと、どうにか先進国に住みたいと涙目で訴えてきた。

 貧しさは生活のいたるところで人を傷つける武器として現れた。その度にどんなに変えたくても、変えられない現実があるんだと思い知った。車にはねられても一言も言えずに立ち去る少年も、洪水の中、泳いで薬を買いに行く子供も、みんな生きるために、生きていた。バングラディッシュに生まれなければ発揮できたはずのたくさんの可能性がある。しかし、正義や努力が報われない社会でも、自分の生きる道を何とか切り開いて、力強く生きていた。

 私は何か力になりたいと思ってこの国に来たが、私の持っていない「強さ」をこの人たちはみんな持っていた。自分だったら、この環境を責め、自暴自棄になっているだろう。しかし、私には「帰る場所」があった。日本という恵まれた国。そんな私が「貧しい国の人のため」なんて思ったことが、なんて浅はかで、傲慢で、無知な思いだったんだろう、と強烈に感じた。

 次第に、この国に居場所がないとおもうようになった。結局「よそ者」なんだという意識が大きくなる。

 

 

徒然

・頭痛がする一日。卒業も近く、大切にしたいのにね。

やるべきことも多く、子供達も忙しい。でも、みんな頑張って自分の役割を進めています。

・体調整えないと。そんなわけで、今日は早めに寝ます。

 

⬇︎ケーキです。ロールケーキ。見つけたからなんとなく購入。

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267.地球のうらの友だちも その⑥

第6時間目

 

ねらい

JICA支援の評価とは裏腹に、ODAの額は世界4位に後退し、国民の支援意識も停滞していることから、停滞の原因を考えようとする。

 

展開

1.前時を振り返る。

・JICAは途上国の人たちと一緒に活動している。

・ただお金を渡すのではなく、ともに活動している。

・活動しながら、自立を支援している。

 

2.ODAの額の推移を知る。。

〇客観的なデータから、考える。

・1位だったのに今は4位だ。

・国民一人当たりの負担金額も、先進国では低い方だ。

・国連の目標を大きく下回っている。

・どうしてだろう。

○PPと配布資料。

①ODA国際順位

②国民一人当たりの負担額

③国連目標と日本の実態

④国民の意識調査

どうして、ODAの金額は下がってしまったのだろう?

  

3.予想する。

・現実を知らないのではないか。知っていれば共感するはず。

・日本にもゆとりのない人が多いのではないか。

・役に立っているのか不安なのではないか。

・例えば、募金をしても本当に届いているのか疑問ではないのか?

 

4.自分の立場を明らかにするとともに、調査をする。

・おうちの人に聞いてみる。

・インターネット

 

私の振り返り

 

JICA支援は、日本型支援とも呼ばれ、お金を拠出するだけでなく、実際に現地の赴き、現地の方とともに歩んでいくことを大切にしています。ちょうど、魚をあげるのではなく、捕り方を教えるというよう言葉に例えられたりもします。

しかし、日本の景気や広がる格差、税のあり方などから、ODAの金額については議論が分かれています。

指導要領において、本単元に当たる内容の取り扱いには

「世界の人々とともに生きていくために大切なことや、今後、我が国が国際社会において果たすべき役割などを多角的に考えたり線滝・判断したりできるよう配慮すること」

と書かれています

選択・判断は、子供達に育てる3つの資質能力のうち、思考力・判断力・表現力の育成の擬態的な手立てとして今回の指導要領から記されました。

選択・判断いついては、ずべての単元に記されているのではなく、子供たちが自分たちにできることが無理なくある単元に書かれています。例えば、4年生の水道や廃棄物の単元です。本単元においても、歴史などに比べると、自分のできることを考えやすいと思います。

しかし、少し疑問も残ります。これらの選択・判断は「貢献すること」が前提となっているからです。

子供達が進んで貢献したいと考えたり、もう少し踏み込むと逆の立場になっても良いのではないかとも考えられます。

何れにしても、多角的に考えた上での選択・判断でなければ、価値を押し付けてしまうことになってしまいそうです。

ですから、ODAのあり方についても、よく考え、貢献のあり方についても多様性を追求してほしいと思い、この時間の授業に臨みました。

起承転結で言えば、転に差し掛かる場面でした。

 

徒然

・修学旅行を終えました。京都や奈良、大阪で、子供達と過ごした大切な時間になりました。

・週末は疲労が残り、思うように仕事は進まず。意志が弱いなあと反省です。

・ここ2週間くらいはMY読書ブーム。趣味系の本以外の社会科関係は下のようになっております。 

「小学校新学習指導要領社会科の授業づくり」澤井陽介 明治図書

「深い学び」 田村学 東洋館出版

「見方・考え方」社会科編 澤井陽介・加藤寿明 東洋館出版

「資質・能力」と学び 奈良正裕 東洋館出版

「問題発見力のある子どもを育てる11の方法」長谷川康男 学事出版

以前ザーッと読んでいたものも含めて、今回は考えながら最後まで。

どれも良い本でためになるなあ。

紹介していこうかなとも思います。

 

↓二月堂。お水取り見てみたいなあ。

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266.地球のうらの友だちも その⑤

5時間目

 

○ねらい

田中さんと蒲さんの事例を比較したりして、JICA支援の特徴を見つけただし、国際支援で大切なことを考える。

 

○展開

1.前時を振り返る。

・JICSの田中さんはマーシャル諸島で教育に関わっていた。

・蒲さんはブラジルで支援をしていた。

・ともに、教育支援を行っていた。

田中さんと蒲さんの話からJICAが大切にしていることを考えよう?

 

2.田中さんと蒲さんの事例を比較し、自分の考えを述べる。

〇意見を述べあいながら、共通点を探らせる。

・現地の人と一緒に作り上げる。

・押しつけをしない。

・その国の人たちが主役になるように努める。

・自分も学べることがあると感じているのでは?

 

〇実際に黒板に赤線を引かせる。同じところが大切だと思った児童にも意見を発表させる。聞きあう過程で、自分の考えを再構成させ、考えを深める。

 

3.板書に書かれたことから、自分が大切だと思うことを選び発表する。

〇黒板に線を引ひき、その理由を述べる。

・「同じ立場」に線を引いた。上からでは信頼は生まれない。

・「自立」に線を引いた。その国の人々の力で発展することを助けるという姿勢。

 

4.ジャーナリストの池上さんはJICA支援をどう考えているのか

〇自分たちが大切だと考えたことと、ジャーナリストの意見を比べ、深めたり、考え直したりする。

 

自立・お互い・やる気を伸ばす・同じ目線など、その国の立場で考えている。

 

資料

JOCA 蒲 美幸さん

〇JOCAについて

 現在JICAで途上国に派遣されている人数は2000人です。任務は2年ですので、毎年1000人程度が入れ替わっています。JICAでは、JICAに派遣される人材の訓練をしたり、サポートをしたり支援しています。また、帰国後に、海外でのボランティア経験を日本の社会に生かせるように案内をしています。JICA支援は、今年で53年目です。現在は女性の方が多く派遣されています。

JICA支援は、日本型の支援といて、お金を渡すだけでなく、現地の人の輪の中に溶け込み、現地の人たちが必要なものを共に作り上げていく取り組みをしています。例えば、高度な水道の仕組みを私たちが作ったとします。そして、完成させて渡した後、私たちは帰国します。その仕組みが壊れることもあるでしょう。そのときに、現地の人が自分たちで修理できなかったらどうでしょうか。せっかく作ったものも無駄になってしまいます。ですから、私たちは、現地の人たちとともに力を合わせて必要なものを作り、自分たちでも直せるようにすることが大切だと考えています。私たちではなく、現地の人が主体になることが大切だと考えています。

 

〇蒲さんはどうして青年海外協力隊に参加されたのですか。

 実のところ私は、国際協力には興味がありませんでした。それに自分が国際協力をできるような人物だと全く考えていませんでした。しかし、ちょっとしたきっかけが、JICA支援に関わることになります。私は愛知県の生まれです。2005年に愛知万博があったのですが、そこのパビリオンでガイドをすることになりました。そこには、元青年海外協力隊という方がいて親しくなりました。毎日万博で働いていると多くの外国の方がいらっしゃいます。彼らに接しているとだんだん世界が自分の身近にあるような気がしてきました。そして、元青年海外協力隊の方も「誰でもなれるよ!」という話をしてくれました。私は、日本語教育の資格を取って、青年海外協力隊に応募しました。そして、採用されました。

 

 派遣された先は、ブラジルでした。ブラジルの小さな町にある日本語学校が私の活動場所になりました。そこに行って驚きました。日本の反対側にあるブラジルに、日本人が住んでいて、日本人街を作っていたのです。仏壇があり、門松があり、学校の式典ではブラジルと日本の国旗が2つ並ぶのです。

 どうしてかというと、大正から昭和にかけて日本は不景気で人々は職を求めていました。また、ブラジルはコーヒー農園などで働き手が不足していたので、日本人がブラジルに移民して働いたのが始まりです。移民した人々が町を作り日本文化を大切にしていました。現在は、だんだん日本人街は減っていますが、それでも日本語を学ぶ学校が必要なのです。

 

 ブラジルの学校は、半日で終わりです。午前か午後かどちらか。そして、学校が終わった後は、お金のある裕福な家庭はもう一つの学校に行きます。しかし、もう一つの学校にいけない子どもたちは働くことになります。だから、日本の学校の半分くらいの学習ということになるでしょうか。私は家庭の力でもう一つの学校に通えない子どもたちに日本語を教えていました。

 ブラジルに行った当時の私は、自分に何ができるのだろうかといつも悩んでいました。ブラジルで原爆展などをして、広島や長崎の惨劇をつたえることで、平和の大切さを訴えたりしました。相手に必要なことを知っていこうと心に決めていましたが、何かできた!という実感はありませんでしたね。

 

 しかし、帰国して3年後にとてもうれしい出来事が起こります。3年たって、私が活動していたブラジルの村に行くことになりました。もう、誰も覚えていないのかなと思ったのですが、当時教えていた子どもたちが高校生になっていたんですね。遠くの高校に立派に通っている。その子たちは、私が戻って来ると聞いて、10人以上集まってくれたのです。さらに日本に帰ろうとすると「美幸先生、帰らないでキャンペーン」とか言って、私を帰国させないように押さえつけるんです。とてもうれしい瞬間でした。

 

 日本語学校で、ブラジルの子どもたちに日本語を教えたんですが、結果として教えていたのは日本語だけではなかったんですね。その日本語学校の校長先生は「帰ってこられる場所」にしたいと言っていましたが、そういうことも子どもたちに伝えていたんだと思います。

  私は、子どもたちに何かを教えていたのではなく、教わった方が多いと考えています。お互いがお互いに与えあっていたんだと思います。自分の成長のためになったのだと思います。

 

〇行ってみての結論といいますか。

 実は行く前は、貢献するなんて言う意識はなかったんです。でも、関わってみて、貢献すべきだな、たずさわってよかったなと心から思います。日本と海外の関係を知りましたしね。日本はブラジル社会で認められていましたよ。

 私も、帰国して、この仕事を続けたくて、今はこれから行く青年海外協力隊のサポートをしています。

 

資料2

ジャーナリストの池上氏は

①日本が貿易依存国だから

②発展と小国が抱える問題が一国の事情を越えたグローバルな問題だから

③人道的な問題だからと国際貢献の必要性を述べる。

また、2015年に国連加盟国が全会一致で採択した「持続可能な開発目標(SDGs)では、2030年までに貧困を撲滅し、持続可能な社会を実現するために17の目標を掲げ、「誰も取り残さない」という合言葉で、各国の協力を呼び掛けている。すなわち、現在では途上国援助ではなく、ともに持続可能な発展をしていくという考え方に移行しつつある。

 

『世界を救う7人の日本人 国際貢献の教科書』池上彰 朝日文庫から

 

アフリカでの取材中、ウガンダエンテベ空港から首都カンパラに向かう車の中から外を眺めていると、黄色い小さなバスが隣の車線を通り過ぎていきました。

 車体には大きく「千葉△×△×保育園」と書かれています。窮屈そうに座っているのは、かわいらしいアフリカのちびっこではなく、屈強なアフリカの男たち。ふつうの乗り合いバスとして、日本の保育園バスがそのまま使われていたのです。

 アフリカでは自動車を筆頭に日本製品が大人気。(略)アフリカの地で日本製品が輝いていることはとても喜ばしいことなのですが、逆に言うとこれまで海外とりわけ途上国における日本の存在感は、優秀な製品=ハードに頼りっきりでした。日本人自体=ソフトが活躍している、という話はなかなか聞こえてきませんでした。(略)けれども今は違います。多くの日本人が、世界の途上国の現場に赴き、国際協力の現場で大活躍しています。その代表といえるのが、本書の主人公たち(JICAの方々)「世界を救う7人の日本人」です。水、復興支援、命、食料、教育、そして経済基盤。どれが欠けても、国は成り立ちませんし、人々はまともな生活を過ごせません。(略)私自身は、こうした執筆を通して、何度も感慨にとらわれました。戦争の焦土から立ち上がり、ほとんど何にもないところから物心両面でインフラを構築し、経済成長を遂げていった昭和の日本の姿と、いまのアフリカの姿が重なったからです。日本の復興は、数多くの国の手助けがあったからこそ可能でした。だから今度は私たちの番なのです。

 チベットの高僧、ダライ・ラマは「人間はどこかで自分は必要とされていると思えることが大切です。その点、アメリカには、平和部隊があるように、日本には青年海外協力隊があります。日本の若者が各国で現地の人たちを支援し、大変感謝されています。国内で生きがいを見出せないなら、途上国で人の役に立つ仕事をしなさい」かのダライ・ラマは日本の青年海外協力隊をご存じだったのです。しかも、その活動を高く評価していました。

 

私の振り返り

田中さんと蒲さんのインタビューから、JICAの行う日本型の支援の特徴をつかむことができたのではないかと思います。こちらから、教えるのではなく、2人のインタビューと子供達の意見を板書して、それを子供達が大切だという要点を考えることで、無理なく考えることができたと思います。また、最後に池上氏の意見も載せましたが、これがなくてもよかったかなとも感じています。自分たちで、考え、友達の意見を聞きあって深めていってほしいと考えているので、本時はそのねらいに近づけていたと感じました。

 

子供達の感想の要点

・コミュニケーションが大切。親しくなれば心を許し、教えることができる。

・「与える」ではなく「お互い」ということに共感した。日本は海外からいろいろ輸入しているから、途上国を支援しないとだめだ。

・現地の人たちの伝統を壊さないようにする。信頼につながる。

・その国を自立させ、発展させる。

・その国の人の力で、が一番大切。日本が最後まで支援できるわけがない。

・与えるではなく、お互いにする。自分も得るものがある。助け合うことが大切。

・JICAが大切にしていることは人への思いやり。優しく教え、やる気を出させ、国を活性化させる。

・二人とも同じ目線で接している。異文化に触れるのだから、昔からやってきたやり方も大切にしないといけない。

・JICAや先進国がすべきことは、発展途上国が自立できるように導くことだと思う。あくまでその国が自らの力で発展していけることが大切。

・今は日本が恩を返すべきだと思う。世界の人たちが困らなくなれば、日本はもっと発展すると思った。

・自立はつながっていると思う。相手とつながっていることで初めて信じてもらい、そこから相手と一緒に国を立て直していく。

・同じ立場に立つことが大切。見返りを求めるのではなく、戦後、他国は困ったときはお互いさまというように助けてくれた。今度はこっちが助ける番だ。

・途上国が自立することが大切。その国の人がやる気になれなかったら、お金をあげても、教育も、技術提供も意味がない。

・JICAの人たちは、できることを考えて、自ら取り組んでいる。途上国を考え、現地の人を考える姿勢が素晴らしい。

・今日思ったことは、私たちが支援しているのではなく、お互いに支え合っているということだ。支援することで学ぶこともある。

・私は、自分が楽しむことが大切だと思う。幸せは移るから。

・現地の人のやる気を引き出さないと何にもならない。

・池上さんの「援助ではなくともに発展」という視点が面白かった。与えるよりお互いにという意見がよかった。

・JICA支援が一番大切なことは、「その国の人の力で自立できるようにする」ことだと思う。

・手出し家をして、自立させ、国を豊かにすれば、自分たちで切り開いた道を、子孫がさらに広げていける。

・自立を重点にする継続的な支援を現地で行い、心をつなぐことが大切。現地の人と一緒に学ぶ。

・自分のため、世界のため、未来のためになるから、田中さんや蒲さんはJICAで働き続けているんだと思う。 

 

・思いやりが大切なのかな。人と人のコミュニケーション。先進国と途上国に分けるのが嫌いだ。差別が人々のやる気を失わせている気がする。

・支援するときは「自立」できるようにすることが大切。現地の人と一緒に。

・上から目線ではいけない。上司と部下のようではいけない。

・途上国の人が中心となって豊かになることが大切。そうでないとJICAが帰ったらすぐに元に戻ってしまう。現地の人の自立を手助けする。

・上からではなく同じ立場で協力するという意見が多かった。自分の国のことだけで精一杯ではなく、支援されたお返しをする。

・現地に行ってみてわかることがある。二人ともその国に行っていいところを見つけている。池上さんの話も最も。次は私たちの番だ。

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徒然

・火曜日から修学旅行です。来週末までブログは一休みします。

・今日は息子たちと温泉へ。単身赴任のため、あまり会えないので、その時間は大切にしたいです。行き帰りの車中も楽しく過ごしました。親子で過ごせる時間はとてもありがたいことです。

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265.地球のうらの友だちも その④

4時間目

 

ねらい

  JICAでの学習を振り返るとともに、国際支援で大切なことは何か、自分なりの意見を持つことができる。

 

展開

1.前時を振り返る。

・JICSの田中さんはマーシャル諸島で教育に関わっていた。

青年海外協力隊として2年間。

・世界の事象を知ってもらう活動をしていた。

国際支援を行うにあたって最も大切なことは何?

 

 

 

2.JICS見学と田中さんの話をもとに考えを述べ合う。

〇隣の人と意見を述べあう。

〇全体で意見を述べる。

・行く前は専門家が行くものだと思っていたけど、田中さんの話を聞いていると誰でも貢献できると感じた。

フェアトレード商品を買うことなら現地に行かなくてもできる。

・「幸せ」はその国々で違う。日本の押しつけはダメ。

・現地の人たちと信頼関係をきづくことが難しい。

・支援は面倒とかではなく、当たり前という気持ちになれるか。

・学校などは建物を作るだけでなく、先生など人の支援も大切。

・「人の支援」と「お金の支援」両方が大切。

 

3.もう一人。蒲さんの話も聞く。

○ブラジルに支援に行った蒲さんのインタビュー記事を読む。

・最初は関心がなかったんだ。。

・最終的には、現地の人から慕われているね。

2人の事例から、国際支援で大切なことはなんだろうか?

〇もう一人の事例から共通することを見つけ、JICA支援の特徴に気づいていく。

 

資料

2019年1月31日

JICA ちきゅう広場

田中さん

 

〇JICAとは。

 ODA(政府開発援助)を実際に行う機関です。費用は皆さんの税金が使われています。

 ①資金協力②専門家の派遣③研修生受け入れ④災害にあった人への援助の4つの仕事をしています。

 青年海外協力隊は②に当たる事業です。7か月間の訓練の後、2年間現地で国際協力をします。私も青年海外協力隊として、マーシャル諸島で子供ども達を教えていました。

 JICAでは、「信頼は世界をつなぐ」を合言葉に、平和的な国際社会に貢献しようとしています。

 

マーシャル諸島での活動

 マーシャル諸島は、たくさんの小さな島々が集まった太平洋に浮かぶ国です。人口は5万人余りの小さな国で、首都にもスーパーは2つしかなく、そこには輸入品が多くて高価なため、現地の人々は個人の商店で買い物をすることが多いです。主食は「米」ですが、米は日本をはじめとするアジアからの輸入です。しかし、人々は「サッポロ一番」のラーメンが好きで、袋に直接お湯を入れて食べます。なべで煮るのだと教えても変わりませんでした。

 マーシャル諸島は、太平洋戦争の時に、日本が占領して植民地にしていました。ですから、「モモタロウ」「キンタロウ」という名前の人もいます。国民の30%くらいの人に、日本人の血が入っていると言われています。

 私は2つの中学校で算数を教えていました。200人から300人くらいでしょか。学校に行ける人は良い方で、「1日100円も給食が買えない」「草履や制服が買えない」という理由で学校に通えない子どももいます。学校の先生も授業をどうやるのかわからないのです。例えば、9+9は日本では、9を1と8に分けて、10にして…と計算する方法を教えるので、計算が速くなります。しかし、マーシャルでは、手足の指を使って計算することを教えるので、計算が速くなりません。どうしてそんな教え方をするかというと、教える先生が子供の頃そうやって習ったからです。そして、それを子どもたちに教えるので、変わらないのです。教育の力って大きいですよね。

 しかし、私が「そんな教え方ダメだよ」といっても、それはそれで難しいのです。間違いを正して、その先生の気持ちを損なったらうまくいかないのです。あなたも、急に外国から来たもっと若い人に「駄目だ」と言われたらどんな気分になりますか?時間をかけて親しくなって、その人の話を聞きたいなという気持ちになってもらうことが大切なのです。

 国際協力で大切だと思うことは2つです。一つは、知ること・興味を持つことです。いま世界で起こている出来事を知らなければ、何かをしようとかしなくてはという気持ちが起きないと思います。ですから、知ること・興味を持つことが大切なのです。 

 2つ目は、相手の立場に立って考えることです。さっきの先生の教え方のこともそうです。一人一人幸せだと感じることは違います。自分の価値観を押し付けるのではなく、その人たちの幸せを大切にして一緒に考えていくことが重要です。私は、カンボジアに行ったとき、最初は貧しい国だろうと思っていきましたが、その中でもたくましく生きる人々を見て、幸せって何だろうと思いました。その人たちの考える幸せを否定してはうまくいきません。信頼関係を作って、どうやって日本のやり方を伝えたらいいのか考えながら行うことが大切です。

 国際協力は、もし、道路や水道といったインフラが整備されていなければ、それを作ることも大切だと思います。その後は、いろいろな方法があると思いますが、私は教育によって変えていけると考えています。

 

私の振り返り

 

JICS見学、インタビューのまとめ。JICAでは、児童向けの展示があります。

また、マーシャル諸島青年海外協力隊として2年間活躍した田中さんのお話を伺いました。

また、帰りには、カフェで販売されているフェアートレード商品の購入を行いました。

それをまとめることで、JICA支援の特徴に気づいていく時間です。

さらに、私がインタビューしてきた、蒲さんのインタビューとも比べることで、JICSの特徴や果たす役割をより深く自分たちで気づいていけるという工夫です。

一人のインタビューでは特徴には気づきづらいと思いますが、2人になれば比べることができますので共通点を見つけやすいですよね。

新しい学習指導要領のも比較・分類・総合と出てきますね。

 

児童の感想の要点

・現地の人たちを主体として考えることが大切。

・知恵だけでなく人間性も大切。国際支援は相当大変。

・持続可能な支援をすることが大切。お金は途上国の人が使いやすいものに使う。

・お金と教育と両方が大切。お金がないと無理。教育をやらないと後の世代が悪循環になる。

・なんだかんだ言って外国が困っていると知っている人は少ないのだろう。

・プランを立てられる教育をすべき。悪循環を断ち切ることができる。

・活動した場所で感謝されている。大切な存在になった。

・①相手の立場に立って考える。②同じ人間として付き合う気持ち。「助けてあげる」では本当の支援ではない。

・その国が自立していけるプラン作り。いつまでも支援はできない。日本の戦後のGHQのように。

・現地の人たちが主体とならないといけない。みんなに現状を知ってもらう必要がある。

・相手に技術などを教え、逆に相手からも学ぶ。信頼関係。教え合う。

・蒲さんも田中さんも支援しようとする気持ちがすごい。

・その国を一番にして寄り添い、助けようとする気持ち。

・国際協力に興味がなかったのに、興味が出てきたという共通点がある。

・現地に行ってその土地の人と触れ合い、その輪に溶け込む。技術や教育の方がよい。

・現地の人たちが主体となる。自立してもらう。

・厳しい状況から自分たちの力で立ち上がろうとすることで、その先の発展がある。

・戦後の恩を返すという気持ち。法律を変える。一人の児童に寄り添う資金提供。

・その国の人に教育の重要性を理解してもらう必要がある。また、水道などの整備も大切。

・その国が自立したいという気持ちを持ってそれを軽く手伝うという形で支援する。途上国が主体となるようにする。

・教育に貢献するという共通点。興味がなかった人。興味があった人、いろいろ。

・現地の人が主体という考えは、信頼で世界を変えるという考えと似ていると思う。その中でも楽しく生きる人々を見て貢献しようと思ったのでは。

・①行ってよかったと言えること②相手を優先。③平和の大切さを伝える④自分も学んだ。というポイント

・技術協力・無償金協力・円借款の3つを組み合わせ、自立を図ることが大切。

・継続していくことが大切。自分たちで生きる力をつけていく。

・自分の成長のためになっていると言っていた。人のつながりって大切だ。だた教えるのではない。すべてをやってはいけない。それは、相手のためだ。

・自立した支援。やってもらって当たり前ではなく、自分の考えで。その計画に必要な物資を。

・日本のやりたいようにやるのではない。他の人の気持ちを考えるという大切さ。

・校舎の建設がよいと思っていたけど、教育の方法を教えることも大切だと思った。フェアトレードや募金など自分にできることもある。

・お金もやり方も両方大切だと思う。蒲さんも田中さんも支援のつもりで行ったが、自分も楽しかったと言っていた。やはり自分も楽しくないと支援できないのではないか。

・現地の人が主体になる方がよい。JICAは協力しその子がその後を受け継ぐ。

・共通していることが二つあった。一つ目は、教育を大切にしている。二つ目はコミュニケーションだ。仲良くすることでスムーズに活動で来ている。

・言葉ではなく、リアルな話をきけた。相手の立場を知り、相手の立場に立った支援が必要。その国が自立していけるようにすることが大切。

 

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徒然

・久しぶりに、ホームコースの本栖みち。ベストより3分以上も遅い。低迷甚だしい。焦りを感じる。そんな私の気持ちに関係なく、富士山は美しかった。

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264.地球のうらの友達も その④

3時間目

ねらい

「学校にいけない」ことをきっかけに、貧困が進んでいることから、学校にいけるようにするにはどうしたらよいのか話し合い、日本の戦後復興と支援について調べる。

 

展開

1.前時を振り返る。

・学校に通えないことが負の連鎖を生んでいる。

・抜け出すには支援が必要だ。

・支援よりも、その国自身が立ち直ろうとしないといけない。

・生まれる場所は選べない。何の罪もない。

支援は本当に役立つのだろうか。

  

2.自分の考えを述べる。

必要

・負の循環をぬけだすには支援が必要。

・同じ人間なのだから助けたい。

不要

・支援しても届かなければ意味がない。

・自分たちでやろうとする気持ちがなければ解決しない。

 

3.戦後復興の話を学ぶ。

○日本の戦後復興は、復興のお手本と言われている。

・今の日本があるのは支援のおかげだ。

・貧しさから抜け出すには、支援が必要。

・恩返しをするべき。

 〇JICA文書で戦後復興を確かめる。

 

4.現在の支援を調べよう。

・どのような支援を子なっているのか。

・政府?募金?ボランティア

学校に行けるようになるためにどのような支援をしているの?

 

 

私の振り返り

・JICAからいただいた戦後復興の資料、震災復興の資料を読むと、私たちの先人がいかに努力したり、賢明な方針を持っていたのかがわかるとともに、やはり海外からの支援のありがたさを感じます。子供達にとっても、新鮮な驚きのなったと思います。

 

児童の感想の要点(第2時も含みます)

・カードを並べてみて、学校でしっかり学習しないといけないと分かった。日本の資金で学校を。同じ考えの人から寄付を。

・他の国(世界)が援助しないと改善するのが難しい。しかし、問題が起きているのはフィリピンだけではないから難しい問題だ。

・お金を増やして発展してほしい。

・自力で復活するしかない。外国が手伝ってあげればよいと思う。

・(家庭でフィリピンの話をして、父親から子どもたちの惨状を聞く)人は生まれながらに平等。世界の国が協力すべき。

・義務教育にして、支援を受け入れる。大統領が悪循環を止める。

・学校に行ったらお金をあげる。成績がよかったら多くあげる。日本は文房具をあげたり、先生を派遣したりする。

・「助けてあげる」ではなく「助ける」がいい。「お金」と「平等」がない。日本が困ったときに助けてくれるかも。

NPOのように学校を建てる。通貨を増やす。

・日本も自分の国が大変なのに、他の国の面倒を見るのは難しい。

・自立の計画を立てて、それを援助する。計画は、援助する側が納得するものにしないといけない。

・(途上国の5歳未満の死亡率を調べて)何も悪くないのに生まれた場所だけで人生が決まってしまう。助けてあげたい。

・発展させられなかったのだからしょうがない。自分たちで「国を変えたい」と思わないとダメ。

・食糧援助で悪循環を断ち切る。

・「食料+お金」ではなく「食料+教育」が大事。よのなかのしくみを知って、変えたいと思うことが大切。

・日本の復興は向上心があったから。フィリピンの人は、貧困でも今のくらしが幸せだと感じているから発展しないのでは。

・お金をたくさん使って解決するのではなく、フィリピンの人に心から変えようという意識を持ってもらう必要がある。

・支援することが必要。絶対に支援しないと立ち直れない。やらない限り、永久にこの社会は続く。グレイグ君の活動。

・学校を作る。先生を派遣する。技術を教える。食料・薬品の寄附。香港にいたときのお手伝いさんキャロルの話。

・悪循環を止められるように、お金を寄付したり、ボランティアに行ったりするべきではないだろうか。歯車の一過程をお手伝い。

・悪循環を止めるにはやっぱりお金が必要。助けてあげなければずっと貧乏。

・お金だけでなく、文房具がない、先生の数が足りない、戦争、など、原因まで考えた支援が必要。

 

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徒然

・今日は通院、検査。結果良くなく落ち込むけど、40過ぎれば誰だって病気の一つくらいあるよなと、気持ちは明るく持とう。

・メールで、授業の資料を送ってくれませんかと依頼あり。私の実践に興味を持っていただいて嬉しいです。もちろん快諾です。

・厚ーいたい焼き。でも、きんつばみたいな薄ーい皮のたい焼きの方が美味しいかもね。昨日我慢と言ったのに実行できない意志薄弱さに呆れますな。

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263.「地球のうらの友だちも」 その③

2時間目

(1)ねらい

  「どうして学校に通えなくなったの」について、意見を述べあったり、調べたりする中で、学校に通えないことが、負の連鎖を生んで、国の発展や個人の発展を妨げていることを理解する。

 

(2)展開

1.前時を振り返る。

・学校に通えない子どもが6700万人もいる。

開発途上国の子供が多い。

・100人いたら、80人が入学できて、40人しか卒業できない。

・働かなくてはいけない。

どうして学校に通えなくなったの。

 

 

2.どうして学校に通えないのか意見を述べる。

・働かないと食べていけないから。

・その国が貧しいから。

・親は何をしているのかな。

 

○JICAの資料で調べてみよう。

・やっぱり貧しいんだ。働いて過程を助けなければならないんだ

・戦争に巻き込まれたりもしているんだね。

バングラディッシュなど貧しい国。

 

3.学校に通えないとどうなるのかカードで考える。

○学校に通えないとどうなるのか考えてみよう。

・カードを並べると、つながりが分かってくる。

・勉強は個人の問題だけでなく、国の問題にもなるんだね。

・貧しさを抜け出すには・・・。

 

〇カードを配り隣通しで考え、それを黒板で操作し、全体共有する。

 

4.貧しさから抜け出すにはどうしたらいいのか考える。

・教育を支援する。

・学校を作ってあげる。

・募金?ボランティア

学校に通えるようにするにはどうしたらいいの?

 

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本時では、学校に通えなくなった理由を考えるために、カードを並べながら考えて行きました。生活の中で、歯車ずれてしまうと悪い循環が起こってしまうことを学びます。

カードは、JICAの資料を拡大コピーして使いました。

 

生活費がの不足から、働かなければならない途上国の子どもたち。

水道が整わないため(インフラ整備)、何時間もかけて水を汲みに通わなければならない子どもたち。

 

様々な理由で学校に通うことができません。

次回は、この流れを断ち切るための方法を考えていきます。

 

 

徒然

初等教育研修会・学習公開では一足先に販売されましたが、3月に学事出版より新刊が発売されます。アナザーストーリーについてです。理論編と4年生から6年生までの実践が学年一つずつ4実践載っています。頑張って書きました。ご覧いただけたら幸いです。

 

・今日は夕食食べすぎだ。控えないといけないなあ。不必要に食べてしまう。食欲は恐ろしい。

 でも、食欲ないのもしんどい。拒食症気味の時はそれはそれで心配になった。気分も良くないし。だから、食欲あって、我慢しているくらいがいいのかも。まあ、もう少し忍耐力必要だな。意志が弱い自分を自覚。強くなりたい。

 

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262.「地球のうらの友だちも」その②

1時間目の授業

  • ねらい

  スモーキーマウンテンの現実から、国際協力について調べる課題を持つ。

  • 展開

1.世界の子どもたちの写真を比べる。

〇学校は好きですか?

・好き。友達に会えるから。

・掃除が面倒だな。

 

○どこの国の子ども達ですか?

アメリカ、イギリス、アフリカかな?

○何か感じたことはありますか?

・幸せそうな子供とそうでない子どもがいる。

・苦労している子供がいる。

パワーポイントで、クイズ形式にしてテンポ良く進める。

 先進国から途上国へ、子どもたちが変化に気づくように配列

 

2.スモーキーマウンテンの写真と映像を見る。

○これはフィリピンにあるスモーキーマウンテンです。

・すごいところだ。

・働いている。

・学校にいけないんだ。

〇高校生がフィリピンの子どもたちに取材する画像を提示。

〇レポートをみて問題に気づかせていく

 

3.JICA資料から、世界の子どもたちの現状を考える。

・命を落とす子どもが少なくない。

・学校に通えない。

・安全な水がない。

 

学校に通えないと、どうなってしまうのだろうか。

 

 

児童の感想の要点

 

・貧困に苦しんでいる人の為に僕がボランティアなどをしてあげて学校に行けない人を0にしたい。

・自分でお金を稼いでいる。こういう生活を救わなければならないと思った。

・朝5時から学校。フィリピンの子どもはそれだけ学校に行きたいと思っているのだ。

・自分で働いていることがすごいと思った。働いても明日の弁当代。かわいそう。

・僕もその苦労を知っていかないといけないと思った。

・その国が悪い。世界に助けを求めたり、もう少しみんなにお金をあげたりすればよい。

・きっと十分なお金のサイクルができていないから。

・豊かな人と貧しい人の差がありすぎる。親が仕事をしているのか気になる。

・自分で働き生活している。今まで軽い気持ちでいたが、そういうことも踏まえて考えていきたい。

・先進国が途上国を助けなければならない。

・国が貧しいから、家も貧しくなった。

・自分だったら生きていける自信がない。一刻も早く対処できる制度を。

・私たちはそんなつらい生活をしたことがないから、本当の意味で同情できない。同情できるようにうなりたい。

・後発展途上国では、学校に行かないことは普通のこと。支援すべきだ。

・日本の歴史でもこういうことはあった。その時もかわいそうだと思った。

・輸出できれば国全体が栄える。東南アジアは輸出するものがない。

・国の借金が膨らみすぎて、返せなくなり、国民一人一人にしわ寄せが?

・かわいそう。何かできないのか。助けたくなった。

・働かないと生活できない。同じ子供としておかしいと思った。少し手伝ってあげたい。

・フィリピンの子供のつらさを知らなかった。子どもたちが元気になれるように活動できれば。

・とても悲しくなった。もっとありがたみを感じないといけない。

・裕福な家庭に生まれた分、フィリピンの子どもたちを幸せにする義務があると思う。

・世の中に恩返しをすることが大切だと思った。

・働かないと生きていける最低限度のものも食べられない。

・その国を豊かにすることが一番大切。その国の発展を助けてあげなくては。

 

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徒然

・今日は学校終えて、千葉へ。帰りも遅く疲れた。帰りのレインボーブリッジはきれいでした。JCWも最近は調子よし。もう壊れないでほしいなあ。

・クラスの子どもたちは4年生からずっとスピーチをしてきましたが、いよいよ最後の1周。「卒業スピーチ」というテーマです。今日はある児童が、私の授業についてお話ししてくれました。気を使ってくれたのかもしれませんが、とても嬉しく思いました。ありがたいものです。