粕谷昌良の社会科授業日記

筑波大学附属小学校の粕谷昌良が社会科実践を報告します。

96.「福島のおコメは安全です。胸を張って言えるけど、食べてくれなくてもいいんです」 その⑪

三浦さんの驚きの発言! 6月17日(土)公開研究会の授業です。 福島の風評被害を克服するために、私たちは福島のおコメを食べるべきか考えることにしました。 2回目の街頭インタビューを終えて、子供の判断は上のようになっています。 当初より、食べなくて…

95. 教育実践対話の会 第8回公開研究会

7月1日(土)に東京学芸大学附属竹早小学校で開かれた 教育実践対話の会 第8回公開研究会に行ってきました。 どうしてかというと、どういうわけか、 会の最後にあるシンポジウムの登壇者にご指名されたからです。 私は、これまで対話の会に参加したこともあ…

94.「福島のおコメは安全です。胸を張って言えるけど、食べてくれなくてもいいんです」 その⑩

食べるべきだとは思うが・・・1部5年の議論 6月17日(土)の公開授業の様子です。 下の写真が子供たちと作った実際の授業の板書です。 この下の写真は、前日の夜に私が書いた板書です。 かなり違いますね。 事前に考えた板書と全く同じになるという先生もい…

93.「福島のおコメは安全です。胸を張って言えるけど、食べてくれなくてもいいんです」 その⑨

2回目の街頭調査 「やっぱり食べないのか!」 自分たちの調査活動を見直して、街頭調査に出かけました。 福島県産の「天のつぶ」は、他県のおコメと比較した時選ばれるのでしょうか。 2回目の調査なので、積極的に声をかけていく姿が多く見られました。 教室…

92.「福島のおコメは安全です。胸を張って言えるけど、食べてくれなくてもいいんです」 その⑧

街頭調査の結果を考察しました。子供たちは ・意外と気にしない人が多かった。 ・絶対に食べないという意見も多く、特に小さい子供がいると食べさせたくないそうです。 ・高齢者は、平気だという意見が多かった。 ・国の基準が甘いんじゃないかという意見も…

91.「福島のおコメは安全です。胸を張って言えるけど、食べてくれなくてもいいんです」 その⑦

街頭インタビューに行く! 福島のおコメのあまりの安さに驚いた子供たち。 安全でも、食べてくれない風評被害を知りました。 子供たちは40名中37名は食べるべきだと言います。 「まちの人たちは本当に食べてくれないのか?」 「どうして、食べてくれないのか…

90.「福島のおコメは安全です。胸を張っていけるけど、食べてくれなくてもいいんです」 その⑥

15年かけて開発した「天のつぶ」 米作りの単元を学習していると、品種改良が出てくるのですが、 福島にも「天のつぶ」という品種改良されて作られたおいしいおコメがあります。 「天のつぶ」は15年という長時間かけられて作られた品種です。 福島は震災前全…

89.「福島のおコメは安全です。胸を張って言えるけど、食べてくれなくてもいいんです」 その⑤

南相馬の小高の農家、三浦広さん。 震災前に比べて、収穫量が4割になってしまった浜通りの農家の方はどうしているんでしょうか。 子供たちは、「福島から離れたくないから、会津に移動して農業をしているかも」「もう農家をしていないんじゃないか」「他の…

88.「福島のおコメは安全です。胸を張って言えるけど、食べてくれなくてもいいんです」その④

下のような写真を何枚か子供たちに見せます。 「原っぱ」「草むら」という声が聞こえ、そのうちに 「田んぼだったところじゃない」という発言が出てきます。 「そうだ、田んぼだ!」 そこで、『どうして、田んぼなのに、草むらのように見えるの?』と発問し…

87.「福島のおコメは安全です。胸を張って言えるけど、食べてくれなくてもいいんです」 その③

原発事故と現在の浪江・南相馬 前回震災について触れたので、子供たちとスライドで私の言った福島県浜通りを見ていきます。 筑波大学附属小学校から浪江町まで、Googlemapですと、267キロメートル3時間半かかると表示されます。実際に私が訪れたときもちょう…

86.「福島のおコメは安全です。胸を張って言えるけど、食べてくれなくてもいいんです」 その②

確かな判断をするのための、地道な認識の積み重ね。 東日本大震災時、5歳だった5年生が、福島の農業を脅かす原発事故と風評被害を学ぶには、その下地作りが大切です。確かな判断をするには、その判断材料が欠かせません。今回の学習に必要な知識・情報は ①東…

85.震災が残したもの~福島のおコメは安全です。胸を張って言えるけど、食べてくれなくてもいいんです」その①

新しいシリーズに入ろうと思います。 新しいシリーズは、現在授業で行っている、 震災が残したもの「福島のおコメは安全です。胸を張って言えるけど、食べてくれなくてもいいんです」です。 震災から6年が経過し、報道でも震災が取り上げられることがずいぶ…

84.公開が終わりました。 参観ありがとうございました。

17日(土)は筑波大学附小学校の2日目でした。 この日は私が授業をしました。 多くの方に参観いただきましたことに感謝いたします。 授業は、子供たちがとてもよく頑張ってくれました。 「風評被害」と日本の農業のこれからを考える難しい問題でしたが、 子…

83.授業前日の空気感

16日は筑波の公開の1日目でした。 お祭りのような少し盛り上がった気持ちと授業への不安が同居した 得も言われぬ心地です。 準備の仕事を終え、中央ホールで全国からいらっしゃった先生方をお迎えします。 感謝の気持ちを伝えることは、笑顔とあいさつでしか…

82.公開前日 「粘る」

明日は公開研究会です。 総出で準備をします。 終わって、授業の準備。 児童に配布する資料を修正したり、印刷したり。その他いろいろ限りなく・・・。 それから、昨日保護者の皆様にお願いをした コメントを読んで整理。 おとといの段階まで、別の資料を用…

81.公開2日前「弱い人間なんです」

公開2日前です。明日は前日準備で、自分の時間が取れないので この2日前が貴重な時間です。 そんなわけで、今日はやるぞと放課後すぐにpcに向かい始めます。 でも「弱い人間なんです」(由井薗先輩の言葉) 21時を回って、パワーダウン。 授業をどうする…

80.いよいよ筑波大学附属小学校 6月の公開研究会

毎年6月と2月の開かれる筑波大学附属小学校の研究会が、今週末の16日(金)17日(土)に迫ってきました。私は5年生の担任をしています。私のクラスは16日の金曜日は家庭科の授業をします。もちろん私が指導者ではありません。(ちなみに、私は高学年を持って…

79.東京都で唯一の村、檜原村 ~「檜原雅子」になった戸田雅子さん~ その⑳ 最終回

戸田さんの案内が終わると、もうあたりは暗くなり始めていました。 「この辺りは、谷間の道から登ってきたところで、空が開けているの。 夜は星がきれいに見えて、とても良いところです。またいらっしゃってください」と戸田さん。 この日は天気が悪かったの…

78.東京都で唯一の村、檜原村 ~「檜原雅子」になった戸田雅子さん~ その⑲

清水ひろ子さんと操さんの取材を終えて私は、 戸田さんの案内で、南郷の里を案内してもらいました。 いきなり、驚かされたのですが下の写真にお茶の木があるというのです。 戸田さんが指さすところに、お茶の木があるのが分かるでしょうか。 ほかにも、 お茶…

77.気づいたら77回も書いていたのか。77回記念。

この連載は~「檜原雅子」になった戸田雅子さん~ですが、 今教室では、5年生の食料生産について、福島の浜通りで農業を営む三浦さんを教材にして学習しています。 今でも、2011年3月11日の東日本大震災と翌日の福島第一原子力発電所の水素爆発以降の緊迫し…

76.東京都で唯一の村、檜原村 ~「檜原雅子」になった戸田雅子さん~ その⑱

戸田さんにお茶づくりを教えた清水ひろ子さんと清水みさおさんにお話を伺えることになりました。 お話を伺っている途中で戸田さんも片づけを済ませていらっしゃった。 その時の清水ひろ子さんの雰囲気が変わりました なんというか、ほぐれたというか、明るく…

75.東京都で唯一の村、檜原村 ~「檜原雅子」になった戸田雅子さん~ その⑰

払沢の滝「厳冬祭り」を後にした私は、 戸田さんから「清水さんというお宅に先に行ってて。先生が行くことは伝えてあるから。私も片づけたら行きます」 ということで、南谷をの社会科キャラバン号で登っていきました。 南谷は何度も通っているので、大体の予…

74.東京都で唯一の村、檜原村~「檜原雅子」になった戸田雅子さん」~ その⑯

このようにして、檜原村 払沢の滝「厳冬祭り」では、 檜原村で活動をしている皆さんが一堂に会して出店しているイベントです。 イベントを取り仕切っているのは、払沢の滝への入り口にある、お豆腐屋さん「ちとせ屋」のご主人高木さんです。高木さんにお話を…

72.東京都で唯一の村、檜原村~「檜原雅子」になった戸田雅子さん ~その⑭~

前回に引き続き、「厳冬まつり」でお会いした、檜原村で活動なさっている方々を紹介いたします。 はちみつやさん 岡部さん夫妻 旦那さんは檜原に人。奥さんは三鷹に住んでいた。 奥さんお話 自然が好きで、檜原に来ました。あまり考えずにとにかく行けば何と…

71.東京都で唯一の村、檜原村 「檜原雅子」になった戸田雅子さん~ その⑬

檜原までの道のりもだんだん慣れてきた気がします。 この日は「払沢の滝祭り」でしたので、役場の前にはいつもより人が多い気がします。交差点を右折して北谷すぐの総合運動場の駐車場に止めて歩いていきます。見事な河岸段丘の上です。 都内では小雨の予報…

70.東京で唯一の村、檜原村 ~「檜原雅子」になった戸田雅子さん~ その⑫

戸田さんは、檜原に移り住み、そこで生活しているうちに偶然お茶の木に出合ったことが分かりました。 そして、地域の古老の清水さんに声をかけられお茶摘みをすることになりました。 お茶が飲めるようになるまでには、たくさんの工程があり、十日町や静岡ま…

69.東京で唯一の村、檜原村~「檜原雅子」になった戸田雅子さん~ その⑪

戸田さんから連絡を受けた私は、 すぐにお会いする約束をさせていただきました。 戸田さんは檜原に移住したものの、旦那さんとお子様たちは都内にいるとのことでしたので、そちらの家で会うことになりました。 自家用車(自称社会科キャラバン号。足が固いの…

68.東京都で唯一の村、檜原村 ~「檜原雅子」になった戸田雅子さん~ その⑩

2月の公開も迫り、授業は予定通り進んでいました。 1月も押し詰まってきたある日。 最近、放課後に将棋好きの子供たちに相手をしてもらって、将棋を指しています。 将棋を本格的にやったことはなく、子供のころ祖父に教えてもらったけど、 あまりはまらず、…

67.東京都で唯一の村、檜原村 ~「檜原雅子」になった戸田雅子さん~ その⑨

地域おこし協力隊の学習していけば、「過疎」の問題を考えることができます。 ・野村さんの話をはじめとする現在の檜原村の様子(起) ・政府の対策としての「地域おこし協力隊」に広がり(承) ・実際の「地域おこし協力隊」(転) ・これからの檜原村(結…