粕谷昌良の社会科授業日記

筑波大学附属小学校の粕谷昌良が社会科実践を報告します。

23.問題把握の場面⑥ 葛西の漁師を襲った「黒い水事件」

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葛西の漁師にとって生命線である海岸はどうして埋められてしまったのか?

子供たちの問題意識に沿って、前回は航空写真で埋め立ての変遷を追い、埋め立て前後の経済を比較していきました。

これまで、葛西の漁師に寄り添っていた子供たちは、埋め立てにも一理あると、どうしていいのか迷ってしまいました。

今回は、埋め立て直前の葛西の様子を調べていきます。

抽象的なデータから、具体的な事例へ。小学生の子供たちにはデータだけではむずしいと思います。大人はデータからその背景にある事例や状況を想像できますが、子供は経験が少ないので、具体的事例を挙げて考えるようにするとぐっと理解が深まります

さて、埋め立て直前の葛西の様子を見ていきます。

このころになると、東京湾や江戸川の汚染は深刻で、魚も捕れなくなり、特産のノリにも油がついて商品にならないという事態になっていました。漁師たちは生活を脅かされていきました。そんなある日、江戸川流域を「黒い水」が襲います。

黒い水事件といわれる事例を資料にして、子供たちに配り考えます。

資料

黒い水事件(本州製紙汚水事件)

 昭和33年。豊かな漁師町を大きく揺さぶる事件が起きた。
 4月7日、江戸川の水は突然どす黒くにごり、葛西沖一帯から浦安沿岸まで海水が変色した。魚は白い腹を上に向けて浮き、貝は口をあけたまま死滅した。驚いた漁師は、漁業協同組合に集まり調査を開始した。
 組合が調べると、黒い水は、江戸川区本州製紙江戸川工場から流れていることがわかった。一年前に硫酸アンモニュームという強い薬品を使う工場を作っていた。都では、魚介類に影響があると予想されたので、許可の条件として「排水は直接江戸川に流さず、沈殿池を設けるように。」指示したが、会社は「問題ない」と沈殿池をつくらなかった。
 組合では、このまま放置すれば魚介類は死滅し、生計を支える海苔の養殖にも大きな被害が出て、死活問題になると立ち上がった。被害状況を調査し、その調査に基づいて、会社に排水の中止を求めたが、会社は排水を続けた。
 5月24日。組合員300人は、工場側に対して、抗議するために工場に集合した。ところが、工場からは、江戸川に向かって、黒い水がどんどん放流されていた。これを見て激怒した漁民たちは、マンホールにレンガを詰めるなどして、排水を止めてしまった。工場側はようやく交渉に応じた。
 工場は「①アユに被害があっても他の魚に被害はないと思う。②使用する薬品は悪いとわかっているが、川に流れれば薄まって大丈夫だ。③補償金を出すから、引き続き流させてほしい。」と言った。
 漁師たちは「①とにかく悪水はすぐにとめること。②補償金は重役と相談して決めること」と言って解散した。
 その後5月28日29日と話し合いを行ったが、「とにかく操業する」という工場側と「排水は、私たちの生活を奪ってしまう」という漁師の間の溝は埋まらなかった。
 
 漁業組合員は、東京都と千葉県に陳情を繰り返した。度重なる陳情を受けて、東京都と千葉県は共同で調査に乗り出した。結果、配管からは、濃褐色の排水が放流され、その水は細かい沈殿物を多量に含み、黒色に酸化して、干潟から沖合まで広がっているのが確認された。干潟では、カレイ、ハゼ、サヨリ、コチ、ニゴイなどは死んでおり、貝も死んでいることが確認された。

 6月9日。突然会社側から「新しい機械の操業を開始する」という通告を受けた。すぐに東京都に行き新しい機械の操業を認めたのか尋ねると、悪水の放流は停止させているとの回答だった。しかし、その時、工場では依然として悪水が排水されていたのだった。
度重なる会社側の不誠実な行為に怒った漁師は、6月10日、浦安で「悪水反対町民大会」が開き、2000人の町民が集まった。800人が都庁に行き、「悪水を停止させているといったが、まだ、流れ続けているではないか。」と激論になり、責任ある行動をとってくれと訴えた。その帰り、工場に行くと、煙突からはモクモクと煙が上がり、操業していることがわかった。これを見た陳情団の怒りは爆発した。鉄の扉を押し破って、工場内に突入した。「垂れ流しをやめろ。おれたちを殺す気か。」と口々に叫んでいた。機動隊が出動した。漁師側の重軽傷者は、105名。警察も36名のけが人が出た。
 
昭和30年代の初めに起きたこの事件は、その後各地で起きた公害事件のはしりだった。いわば日本経済の高度経済成長期のひずみを予感させるような象徴的な出来事だったといえる。本州製紙事件は一段落したものの、しだいに海が汚れて自分たちの漁業が先細りになるのではないかという不安を、漁民の誰もが抱いた。

 

子供は、製紙会社への怒りをあらわにすすとともに、将来はどうなるのか不安になる両氏の心境を考えていきました。一方で、成長のために、環境を壊してしまうことの仕方なさを感じる児童もいました。しかし、開発賛成の児童は少数です。前回のデータとは異なり、具体的事例になると漁師への共感が増えています。具体的事例だと子供は(大人もだが)情意を揺さぶられます。顔が見えるとその人への感情が生まれます。電話だとけんかになっても、直接会うと話がまとまるということはよくあります。

だから、教師は資料を与えるときに注意が必要です。片方だけの事例を具体にして、片方をデータにしたのでは、どうしても子供の判断を左右してしまいます。

今回の学習では、どうしても自然保護側の関口さんに心を寄せてしまいます。それだけでいいとも思います。立派に自然保護の学習として成立するでしょう。

しかし、私は今回の学習で「社会参画」を見据えてた実践をしたいと考えています。社会には困難も多く、全面的に正しいと思えなくても判断し、決断しなくてはならないこともあります。決断した後も絶えず修正していくことも必要です。関口さんにも決断があったように、埋め立てした側の東京都港湾局にも、追い求める願いや理想があったと思います。それを示して、両方を比べて子供に考えてほしい。

そう思うと、東京都港湾局の側にも「情意」を感じられる資料を用意したいと考えました。しかし、これが大きな苦労の始まりでした。つづく

児童の感想

・私は鉄の扉を突き破るほどみんなは怒っていたんだと思います。何度も何度も水を流すなと言っているのに、工場はうそをついたりして、とってもわがままだと思った。工場は海が汚くなるとわかっているのに、流し続けている。漁師の気持ちも考えずに流し続けるのはいけないと思いました。私たちが、工場やスーパーを見学したときは「お客様のため」と周りの人たちを大切にしていたのに、昔の向上は漁師の気持ちしか考えずに、自分たちのことしか考えずにいけないと思った。

・私は初めに思ったことは、「工場はひどい」ということです。ずっと黒い水を流していたし、漁師たちが止めてほしいといっても続けていたからです。そこですぐに止めれば黒い水事件はすぐに終わったと思うし、いくら物を作るとためだといっても、人が死んでしまうかもしれないし、絶対だめだと思いました。後、お金を出すから流させてほしいというのも変だと思いました。全部お金で解決しようとするのはずるいと思います。
・私は今日の授業で、ますます反対という意見が強くなりました。理由は漁師が海を黒くすることで、生計がたてられなくなり、ご飯をだべられなくなるかもしれないのに、工場はそれをすると、自分にお金が入るために、相手を気にせずやってしまうんだと思います。
・汚い水を流していた工場も悪いけれど、海を汚された漁師さんは工場に突撃するのはやりすぎだと思います。工場も日本のことを思っていたことなので。仕方がないです。日本が豊かになればそれでいいと思います。