粕谷昌良の社会科授業日記

筑波大学附属小学校の粕谷昌良が社会科実践を報告します。

33.社会的なものの見方・考え方を育てる授業への挑戦  人形焼板倉屋見学~笑顔の素晴らしさを実感~

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前回「お土産の心得」を作りました。

① その土地限定のもの。
② 相手を自分が行った時の気持ちにさせるもの。
③ 自分が行ったところの風情を感じさせるもの。
④ その土地をアピールするもの。
⑤ その土地のおいしさ
⑥ 行ったところの楽しみを伝えるもの

その心得にあった東京土産を考えると、「人形焼」がいいのではないか?

という考えになしました。そこで、現在も残る人形焼専門店で、最も古いといわれる日本橋人形町の「板倉屋」の見学に行きました。

板倉屋さんは、明治40年創業。110年間続いている老舗です。現在は3代目・4代目の藤井さん親子が営んでいます。当時も現在もすべて手作業で焼き上げています。

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人形焼は「日本橋人形町」で作られたのでその名前がついています。人形町の人形焼は「七福神」の顔をかたどっています。それは人形町には七福神の神社が点在しているからです。それをモチーフにした地域に密着したお土産物です。

人形焼はその後浅草にわたると、雷門や浅草寺五重塔の金型で焼かれるようになります。また、戦時中は大砲や戦車、日章旗などの金型も作られるなど、地域の文化と歴史を含有したお土産でもあるのです。

板倉屋さんの取材メモは以下のとおりです。

・手作りのため、お客様の前に出せるようになるまで最低3年。
・1年目は夢中であっという間に過ぎてしまう。
・2年目は自分なりに工夫しだす。
・3年目に自分の体に染みついてくる。
・しかし、職人の世界はずっと修行だといわれる。
・一つとして同じものはできない。しかし、同じように作りたい。
・気候も違う。その日の体調も違う。
・人形焼は笑顔のお菓子だといわれる。お客様の笑顔を作りたい。
・おいしさと、お客様の笑顔を毎日心掛けている。
・人形焼は自分自身を鍛えること。作る味もそう。お客様と接することもそう。
・4代目息子さんが継いだのは、3代目の父が腕を壊したから。重い金型は腕に強い負担がかかる。痛めたとき、私が伝統を背負おうと決心した。
・対面販売のみを貫く。お客様の声が聞こえる。
・お店の従業員と、お客様と一つになれるのがやりがい。
・工場と店舗が分かれていては一つになれない。こちらの思いが伝わらない。うちは一つになっている。
・1日1500から2000焼いている。
・「ずっと今の様子を守っていく。時代が変わっても、板倉屋にはしっかりとした柱がある。次の代も大丈夫だ。」板倉屋の伝統は息子さんに受け継がれる。

 

取材のときもそうでしたし、見学の時もそうでした。その後に伺った時もそうでしたが、とにかく藤井さん親子の笑顔が素晴らしいのです。通りがかった人が挨拶によって行くような、そんな素敵なお店でした。

子供たちもそのことは感じたようで、「お客さんは本当に笑顔のなって帰っていくね」「藤井さんはいつも笑顔だ」「笑顔のお菓子は嘘じゃない」とつぶやいていました。

やはり、人形焼は東京土産としてふさわしい!」

藤井さんの人形焼作りに対する情意を感じる見学になりました。

子供たちの情意も揺さぶられたようです。

子供たちの感想

人形焼屋の板倉屋さんに見学に行きました。人形焼は、人形町で作られた東京土産の代表的選手のような和菓子です。現在、人形焼専門店は日本に3件しかなく、板倉屋さんはその中で一番古いお店です。そして、1日に最高3000個もの人形焼を作るそうです。僕は1日に3000個も作るなんて、広い場所にたくさんの人が働いている工場だろうと想像していました。しかし、実際に行ってみると、想像とは全く違う光景があり驚きました。お店と工房を合わせても音楽室の半分くらいの大きさしかありません。
 中を見ると売る場所の横に小さな工房がありました。しかも、機械は一切使わず、すべて人の手でやっています。僕は小さな人形焼きを一つ一つ手作りするのは大変だなあと思いました。僕はおいしい人形焼を作るためには?と質問しました。そうしたら、「職人さんの愛情が大切だよ」と3代目の藤井さんが教えてくれました。確かに機械で作ったものよりも心がこもっていていいなあと思いました。
 そして、3代目の藤井さんはこんなことも教えてくれました。「第2次世界大戦のとき、鉄は大きな武器を作るために回収されてしまったけど、私のおじいさんが、人形焼の伝統を切らさないために、型を隠して守ってくださったんだよ。それから、今はあんこ入りとあんこぬきがあるけれど、戦争中は豆がなかったので、あんこぬきを作ったんだよ」僕はそこまでして、人形焼を守るなんてすごい人たちだなと思いました。
 人形焼はこんなにたくさんの人の苦労があるんだなあと思い、家に帰ってお土産の人形焼を食べながらお父さんやお母さんにこのことを話しました。すると、「だからあんこぬきは「戦時焼き」というんだね。そういう話を聞きながら食べるとさらにおいしく感じるね」といっていました。
今度いとこやおじいちゃんに持っていくお土産は人形焼にして、このことを教えてあげたいです。そうしたら、食べるときに、その歴史や伝統を感じて、おいしく食べてもらえると思います。

七福神の顔をした和菓子だから人形焼だと思っていたら、実は町の名前に由来するもので、まず驚いた。そして、その和菓子はこだわりの道具を使いながら職人さんが一つ一つ丁寧に手作りしていてすごいと思った。こんな人形焼を通して店のことや町の歴史や様子まで分かった。だから、人形焼は東京土産にふさわしいと僕は思う。
 さらに七福神の顔をした人形焼は、もらった人の気分もほっこりさせるに違いないと思う。町の風情を感じさせ、人を楽しませる気分にさせる人形焼は「最高の東京土産」だと感じられる。