粕谷昌良の社会科授業日記

筑波大学附属小学校の粕谷昌良が社会科実践を報告します。

44.「後藤新平が曲げてでも貫いたもの」その③ 後藤と小池知事

震災復興を進めた後藤新平は、小池百合子都知事の所信表明でも語られていることを子供に示します。

これを読むと、子供たちは後藤したことと、播磨坂がぼんやりですがつながってきます。授業が進みにつれて、意味がかわかってくると思います。

 

そして、次に

「後藤が復興に挑んだ関東大震災はどうだったのだろう」と発問し、映像とスライドを見せます。

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映像では、火災は広がっていく様子を見せます。

当時の東京の道路は狭く未舗装で非難しづらく、避難した公園も狭くて、火に取り囲まれて、多くの犠牲者が出たことを伝えます。

火災は42時間以上続いたとされ、

東京市全体の42%あまりを焼き、特に浅草や日本橋、神田の焼失率は9割を超えていきます。

死者行方不明者は

東日本大震災で、18455人、関東大震災ではなんと105383人で桁が違うのです。

子供たちは、圧倒的な被害に驚きます。

写真と数字でも十分にインパクトがあるのですが、

関東大震災当時7歳だった90歳を超えるおばあさんのインタビューには、子供ぜんいんがシーンとなってしまいました。やはり、人の証言は伝わるものが大きいようです。

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