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粕谷昌良の社会科授業日記

筑波大学附属小学校の粕谷昌良が社会科実践を報告します。

45.「後藤新平が曲げてでも貫いたもの」 その④ おばあさんの回想から、「公助」の役割に気づく

関東大震災の写真と映像を見た後、

関東大震災の時、7歳だったおばあさんのインタビュー映像を子供たちに見てもらいました。

おばあさんのインタビューは東京mxテレビの映像です。

おばあさんは、下のように話していました。(細部は違いますが、要点はあっています)

「近所の人と公園に逃げて、夕方には家に帰れるかなと思っていました。七輪で食事をとる人もいたくらい。しかし、突然『ウー』っと、つむじ風が襲ってきて、みんな吹き飛ばされてしまった。人が飛ばされるなんて思ってもいなかった。私も飛ばされたけど、幸い水の中に落ちたので助かりました。家族はどこか飛ばされてしまった。

走って逃げる人の髷が燃えていました。髷は油がついているから燃えやすく、走るとあっという間に頭に広がって、倒れて・・・・。それっきり動かない。

逃げるにも、道が狭いから逃げにくい。

死んでいる人の上を、ごめんなさい、ごめんなさい、といってわたっていくしかなかったのです。

もう放心状態でした

今でも昨日のことのようによみがえってくるのね。」といって涙を流されていました。

 

子供たちの感想には、

・死体の上を越えていくしかなかったなんて。

・逃げたと思っても、火事のつむじ風に襲われるなんて、どうしたらよかったんだろう。

避難訓練とか、自分たちの力ではどうしようもなかったんだ。

と書かれていました。

逃げても逃げ切れない。災害に対する東京の町の弱点を実感させられるお話でした。

 

そこで、新平が出てくる必要があったのです。

現在、東日本大震災以降、自助・共助・公助の枠組みが学校でも語られることが多く、その中で、「釜石の出来事」のように、公助の限界と自助の大切さが焦点を浴びることが多い気がします。

それは、とても大切だと思います。私も前任校では自助をクローズアップさせる実践を行っていました。しかし一方で、「公助」の価値も十分に考えなくてならないと思います。関東団震災はおそらく、自助や共助が徹底されていたとしても、被害は食い止められなかったのではないかと感じるからです。

よりよい社会を作るには、個人やコミュニティーの役割は大切です。それだけでなく、国や地方公共団体の役割を実感的に理解できる、貴重な学習機会が後藤新平の事例にように感じてなりません。

 

授業は、個人では限界があるというところまで、押さえて、

震災直後の新平の行動に移っていきます。(つづく)

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