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粕谷昌良の社会科授業日記

筑波大学附属小学校の粕谷昌良が社会科実践を報告します。

49.「後藤新平が曲げてでも貫いたもの」 その⑧ 新平の内面を探る子供たち

「復旧しただけでは再びの災害を防げない」

「人力車の時代に40mもの幅の広い道路」

「広い親水公園、鉄筋の橋」など、

当時の人が理解できないような計画を立てた新平。

いったい「どうして新平は100年後を見据えることができたのか」

それを考えていきます。

子供たちの予想は

・苦しむ市民に共感したのではないか。

・自身の研究をしていたのではないか。

・子供のころに何か経験したのではないか。

・政府としての役割を考えたのではないか。

・必ず地震は来るという確信があった。

というもの。

そこで、関東大震災を迎えるまでの新平の年表を調べました。

4年生らしい、歴史的なものの見方・考え方は、

「過去にさかのぼって調べたらわかる!」という必然があることだと思います。

この場合はまさにそれです。まあ新平が歴史上の人物なので、その新平の過去・歴史という二重構造ですけど(笑)

示した年表は以下のようなものです。

誕生から、青年期
1857年 現岩手県奥州市水沢区 留守家家士後藤家の長男として生まれる

1867年(明治元年)11歳 戊辰戦争で仙台藩敗れる

1878年(明治2年)12歳 留守家削封に伴い後藤家は平民になる。新平は他家に預けられる。

1874年(明治7年)17歳 福島の医学校に入学

1876年(明治9年)19歳 愛知県立病院に勤務。ローレッツ博士に指導を受ける。公衆衛生に関心。

1881年(明治15年)24歳 愛知医学校長就任

1882年(明治16年)25歳 岐阜で襲撃された板垣退助を手当てする。

1890年(明治23年)33歳 ドイツへ留学

医師から政治家へ
1892年(明治25年)35歳 内務省衛生局長に就任

1895年(明治28年)38歳 日清戦争からの帰還兵の検疫を指導。

1898年(明治31年)41歳 台湾の植民地化。町づくり・統治に関わる。

1902年(明治35年)45歳 新渡戸稲造とともにヨーロッパ視察

1906年(明治39年)49歳 南満州鉄道総裁就任 満州朝鮮半島と北部)の町づくり・統治をする。

1908年(明治41年)51歳 逓信大臣 鉄道院総裁

1916年(大正5年)59歳 内務大臣・鉄道院総裁

1917年(大正6年)60歳 都市研究会を発足させ、会長に就任。

1918年(大正7年)61歳 外務大臣を兼任

1920年大正9年)63歳 東京市議会、渋沢栄一らの勧説で、東京市長就任

1921年(大正10年)64歳 市長俸給全額を市に寄付。東京の町づくり「8億円計画」の提出

1923年(大正12年)66歳 東京市長辞職
              関東大震災 内務大臣・帝都復興院総裁

 

子供たちは、ここから意見を出し合って、考えていきます。

すると

戊辰戦争日清戦争など、戦争を経験しているので人を死なせたくないという気持ちが強いのでは。

・武士から平民になったから、平民の苦労を知ってるから助けたいと思ったんじゃないか。

・いや、台湾や満州で街づくりを経験しているから、その経験が大きいんじゃないか?

・そうだよね。経験しているから、どうやったらいいか考えが浮かぶんだと思う。

・外国にも留学しているから、そこで、立派な街を見てきたんだと思う。

・医者として公衆衛生に関心があったと書いてあるから、衛生的な街はどういう風な街なのか考えていたんじゃないか。

東京市長にもなっていたから、震災以前から東京の町づくりを考えていたんじゃない。

・だから、お金がもったいないというより、お金は市民のために使うべきという考えがあったんじゃないか。

・医者っていうのは、一人しか救えないでしょ。でも政治家は一度に大勢を救えるから、政治家としてできることを考えたんじゃないか。

などの意見が出されました。

私は、新平の台湾・満州での経験は大きいと思います。子供たちもそこに気づいています。さらに、「医師は一人しか救えないけど、政治家は大勢を救える」という意見。新平がそのような気持ちで、政治家になったかどうかは私の調べではわかりませんが、物の考え方として、いいなあと思いました。今度、博物館の中村さんに聞いてみたいと思います。

以前の、「市民の側から」という児童の発言も素晴らしかったのですが、子供たちは私を越えてくるのでそういう時はうれしくなります。授業をしていて楽しい時です

新平は、どうして100年後を考えることができたのか?それは新平にしかわからなのですが、年表からその内面を探りました。さらに深く探るために、新平がどうして東京市長、内務大臣になったのか。彼の言葉から考えます。(次回へ)

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