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粕谷昌良の社会科授業日記

筑波大学附属小学校の粕谷昌良が社会科実践を報告します。

61.東京都で唯一の村、檜原村(島嶼部を除く)~「檜原雅子」になった戸田雅子さん~その③

 

いよいよ檜原村に取材に出かけます。

前回少し書きましたが、今回は約束をした人物や目当ての場所がある取材とは違い、とにかく檜原村に行って、子供たちと学習するべき内容を見つけに行く道のりです。

そうはいっても、副読本やインターネットで調べてはいます。

また、私は新聞の切り抜きが趣味?で、檜原村には第3セクターのコンビニがあること、檜原村周辺ではのらぼう菜と江戸時代に飢饉を救ったとされる地場野菜があることなどは注目していました。

 さて、自家用車で檜原村を訪れます。八王子で中央道を降りて、最近できた?きれいなバイパスを通って、五日市に入っていきます。先ほど書いたように、檜原村周辺ではのらぼう菜が栽培されている土地なので、そのことも調べていきます。五日市の子安神社にのらぼう菜の記念碑があるということで行ってみます。

 ちょうど神社の氏子さんあっちが集まっていて、大晦日の準備をしていました。いつもながら私は運がよい。早速話かけると、たくさんのことを教えてくださいました。「この辺りでは昔からたくさん栽培されていて、最近は地場野菜の見直しから人気も出ているよ。のらぼう菜の祭りも開かれて盛り上がっている。なんか、普通の青菜と違ってシャキシャキしてうまい。先生にも食わしてやりたいがまだできていないよ。3月になったらこの辺の直売ではたいてい売っているから買いに来てください。まあ、先生も大変だね。お茶でも飲んでって。さあ。おーい。文京区から先生が調べに来たよ。ちょっと休もう・・・・」とそんな具合で長居をすることになりました。地域に伝わる伝統野菜とそれを大切にする人々ということで、郷土資料館で歴史を調べ、農家さんに取材をしていけば、とても良い教材になるなあと直感しました。簡単に栽培できいるということで、教室で作っても面白いなあ。想像は広がります。

 

ただ、のらぼう菜が収穫できるのは2月後半からだそうで、私は2月に授業しようと思っていましたので、見送ることにしました。縁がなかったということです。取材に行ったから必ず教材になるというものでもないのが難しいところ。

残念な気持ちで、五日市を後にし、檜原村に向かうのでした。(続く)

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