粕谷昌良の社会科授業日記

筑波大学附属小学校の粕谷昌良が社会科実践を報告します。

65.東京都で唯一の村、檜原村 ~「檜原雅子」になった戸田雅子~ その⑦

一度目の檜原村取材では、檜原の地理や自然を感じる楽しい時間を過ごす一方で、過疎に悩む現実が根強いことを感じ、どのように教材にしていくか悩まされました。

この時期は、「後藤新平が本当に貫いたもの」という単元も開発していたので、火の車で、そちらの取材や資料集め、読み込みにも追われ、檜原村のことに蓋をしてしまう弱い自分もいました。

年が明けてしまいました。2月の授業を行う予定でしたので、もう待ったなしの状況です。「こんにゃく工場」「ひのじゃがくん」など、材料がないこともないのですが、それが、檜原村の特徴や本質をついているとは思えません。ここは「過疎」を扱うしかないだろうとは思っていましたが、小学生には少し難しいか。希望をもって終われる単元にしたいと思うとどうしても材料が足りません。二の足を踏んでしまう。

そんな時、千葉大学の戸田先生に歴史の授業について個人講義を受けに行きました。個人講義なんてなかなかしてもらえないでしょうが、戸田先生は大変親切で受け入れてくくだり、3時間もお話をすることができました。とても勉強になりました。後藤新平の授業に大いに役立たせていただきました。

その足で、長期研修生時代にお世話になった竹内先生の研究室もたずねました。温かい人柄で、いつもお会いするのが楽しみです。新年のあいさつをして、近況などを話しながら、ぶらぶらと先生の本棚を見ていると「地域おこし協力隊」という本が数冊おいてありました。手に取ってみると、過疎地域の振興と人口増を目的に総務省が取り組んでいる事業だそうです。竹内先生は地理の先生で、様々な地域を観察されてきて、地域づくりやまちづくりの専門家です。お話を伺うと、「地域おこし協力隊」は首相の肝いりで最近では多くの地域に派遣されているそうです。うまくいっている地域もあれば、そうでないところもあるようでした。

私は、ニヤリとしました。「きっと檜原村にもあるに違いない」お礼を言って、千葉大学を後にするのでした。「最後まであきらめなければよい材料は拾えるもの」そう思って最後まで教材研究をするのですが、実はこの檜原村の実践は、本当に最後の最後まで教材を追い求めることになるのでした。(続く)