粕谷昌良の社会科授業日記

筑波大学附属小学校の粕谷昌良が社会科実践を報告します。

73.東京都で唯一の村、檜原村 ~「檜原雅子」になった戸田雅子さん~ その⑮

引き続き、「厳冬祭り」でお会いした皆様のご紹介。

筑波に異動してきてから2年が経ちました。移動するまで17年間教師をやってきましたが、筑波はこれまでのどの学校とも全く違うので、初任者のように朝から晩まで仕事一本になっていました。

社会科の教材研究などは、新しい授業を生み出さなくてはならないという苦しさと、自分自身が追究していく楽しいさで、忙しさの中にも潤いがありました。筑波でしか得られない難しさと楽しさだなあと考えています。

しかし、以前はバスケの社会人チームに入っていたり、朝は農作業や自転車で鴨川市を回って、朝ご飯を食べて出勤したりと、それもまた、今ではもう取り戻すことのできない充実した毎日でした。

そんな私にとって今回の神野さんは、なんか刺激でもあり、共感するところもある人物でした。

 

マウンテンバイクライダー

裏山ベース

神野 賢二さん

 

・愛媛から、吉祥寺、五日市、そして2年前にひのはらに移住しました。移住する前から4年くらい檜原に通っていました。自然が好きでしたし、MTBの競技にも出ていたので、その関係で檜原には通いました。どうせならと思って、ひっこしました。

 五日市の駅前の一等地に空き店舗ができて、そこを裏山ベースとして借りました。クラウドファンディングです。檜原にはサイクリングやMTB、山登り、農業などたくさんの魅力があるのですが、そういう人たちが集まるところがないので、集まる場所を作ろうと思いました。シェアスペースの発想です。お土産も買えますし、カフェもあります。

 今、これまでの価値観が揺さぶられる時代になっていると思います。高学歴だから高収入とか、攻守乳がいいのかとか。私は大学で社会学をしていて、大学に残って研究をしていましたが、そう考えるようになり、実行に移しました。

 檜原での究極の目標は「仲間を増やすこと」です。

 そのためには、

    楽しさを味わってもらう。いいところを知ってもらう。

    リピーターになってくる。

    檜原への愛着を育んでもらう。

    仕事や収入、生き方との折り合いがつく。

    移住

となるのだと思います。

いきなり移住などはできないと思います。ステップがあって、それを踏んでいくのが大切ではないでしょうか。

 

 外から来ると、村の良さが分かります。それを発信していくのが私の役目だと思っています。地域に溶け込もうと無理しすぎるのも駄目だと思います。私は、地域の寄り合いにも、消防団にも入っていますが、若者が少ないから、それを補うためだけに私がいるのではないと思っています。やらされるだけではだめということです。自分は何がしたいのか。何を楽しいと思うのか。そういうことも大切にしなくてはいけない。

 発信していくと、多くの人がひのはらに興味を持っていることに気づきます。社会の変化に伴い、これまでにはない生き方、自然やひのはらのような環境に興味を持っている人は確実に増えていることを実感しています。大きな波やうねりが起きそうな予感がします。

 先生、今度、一緒にMTBやりましょう。

 

地域の研究をしていると、地域の復活には、いわゆる「よそもの」がカギを握っている場合があります。神野さんは、そんな良い意味での「よそもの」として、檜原に人が気付かなかった新しい魅力を掘り起こし、溶け込もいながらも主体的に活動しているのだよ感じました。

 

☆神野さんは「ジンケン」さんと呼ばれ、内緒ですが「○のじゃがくん」になってバイクにのって、ものすごい演技を見せてくれました。名刺に写真のMTBのジャンプも想像を絶します。

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