粕谷昌良の社会科授業日記

筑波大学附属小学校の粕谷昌良が社会科実践を報告します。

87.「福島のおコメは安全です。胸を張って言えるけど、食べてくれなくてもいいんです」 その③

原発事故と現在の浪江・南相馬

 

前回震災について触れたので、子供たちとスライドで私の言った福島県浜通りを見ていきます。

筑波大学附属小学校から浪江町まで、Googlemapですと、267キロメートル3時間半かかると表示されます。実際に私が訪れたときもちょうどそれくらいでした。

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いよいよ浜通りとなると上記のように、高速道路の放射線量が記されます。

国が定める年間被ばく量は1ミリシーベルトです。1時間当たりにすると0.19マイクロシーベルトです。しかし、知らない方も意外と多いのですが、自然界にはもともと放射性物質が存在しているので、(ラジウム温泉などは進んで放射線を浴びて健康になるとされている。低線量被爆の人体への影響は健康だという一つの事例。低線量被爆の人体への影響は確立されていない)事故とは関係なく私たちは大地や宇宙空間からも絶えず被爆しています。その量が、毎時0.04マイクロシーベルト(宇宙からのものはのぞく)

すると、時間線量で、0.23マイクロシーベルトが一つの基準となります。

高速道路には、数キロごとに放射線量が示されています。

そして帰宅困難地域の線量は、

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現在もかなり高い数値です。残念に思います。

しかし、浪江から南相馬に移動すると線量は、0.23マイクロシーベルトを下回っています。この線引きをしっかりしないと、「福島」と一色炭にしてしまい、風評被害を生む原因となる。こういう事実はしっかり認識する必要があります。福島のすべてが、放射線量が高いわけではない。

そして、浪江のインターを降ります。

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避難指示が一部解除されたのですが、町の中心部でも人に出合うことはありませんでした。

 

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避難指示解除を受けて設置されたのか新しい看板が立っているのですが、少し寂しい差を感じます。5月に解除され、浪江町で帰還した方は200人から300人だと言います。しかも、多くは年配の方だそうです。震災前は2万人弱の方が住んでいたといいますから、放射線被害の甚大さを感じずにはいられません。

 

次の写真は、なんだかご存知ですか?

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これは、除染した表土を入れる袋で「フレコン」と言われています。フレコンは道々に置かれていて、帰宅困難地域の仮置き場に山積みされています。そして、フレコンには線量が書かれています。

また、ガイガーカウンターで測ると

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振り切れてしまうところもあります。放射性物質は流れて、たまるのでこういう水が溜まりそうな場所は線量が高くなります。この辺りは長くいてはいけないなと思います。

このように、目には目ななくても、線量が高いので人が長く活動することは難しいのです。ですから、復興はそうしても遅くなります。これは少し前の写真ですが、

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この様に手付かずになってしまいます。

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これは、駅にあったプランターに添えられた言葉です。真意がを図りかねますが・・・。人があまり立ち寄らないから、立ち寄った方にお願いという意味なのか。花の立場を借りての現状への非難なのか・・・。

そして、現在も帰宅できない方は仮設住宅に住んでいらっしゃいます。

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このようにして、目に見えない放射線の被害を示すとともに

震災直後によく新聞に掲載されていた、線量と健康被害の図を示し、

子供たちと放射線量について学習しました。そして、

年間限度、1時間限度を子供たちに伝えました。

 

震災から6年が経過した今でも家に帰れない放射線被害について、子供たちは深く考えていました。

その日の振り返りに、ある児童が

「目に見えない放射線のこわさを知りました。(中略)福島のことは、自分事として考えていかなければならないと思いいました。(続く)」

と書いてきました。

この児童だけでなく、福島のことを自分のこととして考えるような児童が多くて安心しました。

東京電力福島第一原子力発電所。なぜ福島なのに「東京」電力なのか。東京にエネルギーを供給してくれていたからです。それを子供たちは考えてたので、「他人事」とは考えられなかったのかもしれません。

新しい指導要領でも「多角的」という言葉が使われています。異なる人の立場で考えられることが求められています。子供たちは、福島の人の気持ちになって考えることができているように思いました。(すべての子供が等しくそうではありませんが)

 

原発の是非。東電の責任。原発で恩恵を受けた福島の人。というような議論はここでは行いません。あくまで、原子力発電所の事故による、農地の汚染とそれを克服しようとする農家。そして、農家を圧迫する風評被害の難しさ。それでも前に進もうとする農家と未来の農業のことの学習です。この授業では、それのみです。その他の議論は本意ではありません。子供が自分で考えられるようになるには、それはまだまだ先だと思います。)

続く