粕谷昌良の社会科授業日記

筑波大学附属小学校の粕谷昌良が社会科実践を報告します。

88.「福島のおコメは安全です。胸を張って言えるけど、食べてくれなくてもいいんです」その④

下のような写真を何枚か子供たちに見せます。

 

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「原っぱ」「草むら」という声が聞こえ、そのうちに

「田んぼだったところじゃない」という発言が出てきます。

「そうだ、田んぼだ!」

そこで、『どうして、田んぼなのに、草むらのように見えるの?』と発問します。

「これは福島県で、放射能のせいで、作物を作れなくなったんだよ」

原発事故から、6年でしょ。その間作れなかったから、田んぼに雑草がたくさん生えたんだよ」

「6年たっても、まだ田んぼができないんだね」

という発言。全員が納得した様子。発言をつないでいけるのが、私のクラスの良さ。

 

次に、『なるほどね。では、2011年とそれ以降での、米の収穫量はどのように変化してきたか考えよう。実は、福島県はコメどころで、事故が起こる前の収穫量は全国4位でした』

「20位くらいになったんじゃない」

「いや46位とか。東京が47位」

など、大幅な落ち込みを予想するが、下のような表を提示する。

 

 

浜通り

中通り

会津

合計

全国

2010

88400

220500

135500

445700

4

2011

30200

194200

129000

353400

7

2012

31000

202700

135000

358700

7

2013

34700

208200

139700

392100

7

2014

35200

208200

137500

382100

7

2015

33192

197350

134750

385400

5

 

-56208

-23150

-750

-80300

 

4位から7位になっている。

すると、

「7位なら大丈夫じゃないか」

「そんなに減っていない」

という意見が出るが、

「でも、20パーセントくらい量が減っているよ」

「それってかなりの量じゃないか」

「例えば、500万円の収入があったとしたら、100万円減るということだ」

「生活が苦しくなるね」

そこで、福島県は、南北に海岸側から、浜通り中通り会津の3地区に分かれていることを示し、『特に、どの地域が減っているのかな?』

浜通り

浜通り、は半分以下になっている。」

「半分以下じゃ、農家の人はどうなったんだ」

浜通りには何がある?』

原発だ」

地震だけだったら、復活ができたんだろうけど、放射線で復活できていないんだ」

「農家の人だったら、1%だって減らしたくないと思うけど、浜通りは60%くらい減っている。」

「農家の人はどうしているんだろう?」

浜通りの農家について調べていくことになりました。

 

子どもの感想

・私は最初福島のコメが4位から7位になったときき、キープできた方かなと思った。だけど、違った。なんと20%以上も生産量が減っていた。それを聞くと愕然とした。農家の人は悪くない。自然のせいなのに。とても悲しかったと思う。では、今浜通りの農家は何をしているのだろうか?私の考えはこうだ。他の場所(会津など)にいって米作りをさいかいしているのではないか。自分が米作りが好きだったらそうしたいと思う。他の県ではなく、自分の県「福島」で頑張りたい。頑張れば、福島のコメ作りをみんな再開できると思う。

 

・私たちはこの立場だから、あの風景が「原っぱや草むら」と言えるけど、農家の人は自分の宝物をその様には言えないと思う。それに、20%減っただけでも、心に深く傷がつくと思う。たった20%でも、その20%には、」もう二度と味わいたくない思いがあると思う。私はその農家の人たちは、東京や水田のある所には来ないと思います。一度の震災ですべてをなくした人もいます。

 

・おコメの量が少なくなっているのでも、最初はほんの少しかと思った。でも、20.1%という数字を見ると「えっ。こんなに減ったの?」と思った。7位になっているのはほとんど会津中通りのものだ。浜通りではたらいている人は何をしているのだろう。ずっと育ててきたのに、あの事故で水の泡になったからだ。私だったらそんな体験はしなくない。そんな7位の福島のコメを私はスーパーで見る。でもみんな安全なのにそのおコメをよける。なんでかな?私は今日の学習をもとにお母さんに言いたくなった。福島は福島でも、一生懸命頑張っているのだ。一生懸命応援すべきだ。浜通りではお米を作っている人がいる。私はそのあきらめない心に驚いた。私はみんなに広めたくなった。

 

・今日は20%減は大したことはないと思った。それは数字で見たからだ。1%を人としてみると、クラスの8人がいなくなってしまう。マナ通りの人は一生懸命米作りをしてきたのに、頑発のせいでコメが取れなくなったり、放射能が入っていると言いがかりをつけられたりして、とてもかわいそうだと思う。福島のコメは収穫量では5位まで戻てきたが、それは中通り会津の人たちのコメで、浜通りはおまけみたいでかわいそうだ。震災から6年もたっているのに人がまだいないということは大好きな町へ、戻りたいが戻れないということだ。福島に戻りおいしく安全な米を作ってほしい。

 

・福島があんなに被害を受けているのに、6年で元の量くらいとれるようになったのはすごいと思う。たくさんの人の苦労もあったと思う。そんな中で、浜通りはあんまり回復していない。放射能のせい、それとも働く人が足りないから?どうして浜通りが元に戻らないのか?私にできることがあったらしたいと思う。

 

・福島は震災前のコメの生産量は4位だった。でも、東日本大震災によって、7位になってしまった。そこまで大きな数字には見えないが、-20.1%も減ってしまった。その被害はほとんどが浜通りが受けた。浜通りの農家は仕事がなくなってしまった。とてもかわいそうだと思う。震災は人の命を奪うだけでなく、仕事も奪ってしまう。

 

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