粕谷昌良の社会科授業日記

筑波大学附属小学校の粕谷昌良が社会科実践を報告します。

112.社会科と道徳

8月26日(土)に社会科と道徳のコラボ研究会があります。

正式な名称は、

「第25回 価値判断力・意思決定力を育成する社会科授業研究会」+「道徳教育研究会」です。(間違っていたらすみません)

筑波大学附属小学校の社会科の梅澤先生と道徳の山田先生の研究会で授業をさせていただきます。

悩んだ末、私は「畠山さんと森は海の恋人。そして、あの震災」に決定しました。

同一単元の授業を3時間連続で公開するのは初めてです。他の研究会でもなかなかないと思います。あるがままをお見せしようと思います。

ただ、その日は残念なことに私のクラスの子供たちは、数名が学校のハワイ研修に重なっていて出席できません。また他の都合での欠席もあり、さみしい限りです。

しかし、できる限りの準備でよい授業を作り上げようと思います。残った子供たちはとても優秀で、気持ちの良い人柄なのでよい授業になると思います。

 

さて、社会科と道徳ということで、2つの教科の関係について少し勉強してみようとおもいます。勉強不足のところはご勘弁ください。

 

ご存知のように社会科は、戦後に誕生した教科です。

戦前までの、地理・歴史・公民・修身を統合したように考えられがちですが、設置の目的は、わが国の現状と生活の様子から、社会生活への理解と良識を育成することにあったようです。戦前の修身への反省から、民主主義教育の担い手として、知識を教えるよりも問題を解決することをねらいとした、新しい民主社会の花形教科として誕生しました。

そのため、社会科の英訳はsocial studies となり、ほかの教科の最後につくeducation

と違うことからも、子供たちが問題を解決しながら学ぶ様子が伝わってきます。

 

当初は社会科を中心としたコアカリキュラムも考えられていたようです。

しかし、次代が進み、子供たちの問題解決を中心とした経験主義的なやり方に学力がつかないではないかという反論が出てきます。

もっと、学問的なよりどころを持ち、配列を教師の側が決めるべきだという系統主義が出てきます。その両者は現在も議論になり良く語られます。

 

そのように、戦後誕生した社会科は、当初の大きな期待とは裏腹に、残念ながら少しずつ解体されていくことになります。その一つが道徳の誕生です。

 

以下は「戦後社会科教育論争に学ぶ」谷川彰英 明治図書を参考に書きます。

 

戦後の道徳教育論争は、道徳は特定の教科や領域でやるものではなく、学校教育全体を通して行うものだとする、戦後教育の原則を巡って行われたものである。

1957年松永文相

「全教科の中で道徳をやるといっても、算数の中でどうやってやるのか。結局道徳をやるには一つの教科を作った方がいいのではないか。地理や歴史はしっかり教える必要がある」

日本教育学会のレポート 「道徳を特設するという意見は次のようにまとめられる」

①社会科では教えられない道徳があり、しかも今日それを押しることは極めて重要である。特設すべし。

②道徳的な文化遺産を子供に教える必要があるが、今日の社会科は経験主義に立脚しているため、そのような客観的な文化遺産を教えることはできない。

③学問と教科は対応すべきであり、倫理学という学問がある以上、それに基づく倫理学を教える必要があるが今日の社会科ではそれをやっていないし、やれない。

④道徳教育を全教科でやるというこれまでの立て前は正しい。有能な教師はそれによって成果を上げているが、一般教師には困難であるから、全教科でやるという方針は残し、集中と強化のために、教科は必要。

⑤小学校は今のままえでよいが、中高はダメ。

 

と分析しています。

そして、日本教育学会の次の反論が社会科の存在意義を表していると思い、私はうなりました。

「とくに、の本社会の民主化のための中核教科としての社会科は、これまでとにもかくにも基本的人権の尊重と平和的な国際理解という近代的な人間の生き方を貫く基本線を肯定する形のものとして進められてきた。もし道徳教科が右のような資格のものとして打ち出されるならば、それが従来の社会科の基本精神を否定し、やがてそれを解体しようとする意図を持つのではないかと疑われる。また、もし両社が並立させられ、社会科での社会理解と切り離して、道徳教科で、主体的倫理が取り扱われるとすれば、そこでの主体的倫理教育がどのような質のものになるかは、十分検討されなければならないだろう」

 

わたしは、この反論を読んで、戦前の修身への恐れがあるなと感じました。

ただ徳目を教えることへの抵抗。

子供たちが主体的に問題解決に挑む中で獲得する思考力や判断力、表現力。

そういう自分でよい良いものを見つけていくことを大切にしている社会科にとって、

徳目をダイレクトに教える道徳への恐れがあるなと・・・・・。

 

今日の道徳を教科にするという意図はどの辺にあるのでしょうか。

道徳の徳目は、社会科においても共通のもの出ることが多いと思います。

逆に、道徳化の中にも「問題解決的な道徳」という言葉も聞きます。

そうなってくると、社会科と道徳を分けるものは何でしょうか。

実に難しいところです。

 

それでも、私なりには社会科と道徳の違いはあるのですが・・・。

それはまたの機会にします。

 

26日の研究会では、その所が議論になると思います。

興味のある方は、一緒に議論出来たらうれしいです。

 

申し込みは

価値判断力・意思決定力を育成する社会科授業研究会のhpからできます。