粕谷昌良の社会科授業日記

筑波大学附属小学校の粕谷昌良が社会科実践を報告します。

210.明日は筑波大学附属小学校の公開研究会

明日、6月15日(金)16日(土)は

筑波大学附属小学校の公開研究会です。

 

私は明日15日(金)に授業を行います。

授業は6年生の奈良時代です。

聖武天皇が目ざしたもの。行基が目ざしたもの。」

~大仏建立にまつわるアナザーストーリー~です。

 

現在もたくさんの観光客でにぎわう東大寺の大仏。

今から1000年以上前の奈良時代作られたのですから、驚かされます。

 

いったい、「どうして作られたの?」でしょうか。

 

教科書では、

「伝染病や貴族の争いなど、世の中が混乱していた奈良時代に、聖武天皇は仏教の力を借りて国を治めようとした」

「人々のために、橋や道、池や水路などを作りながら仏教を広めてきた行基は、聖武天皇の求めに応じて、人々を集めて、大仏づくりに協力した」

というようなことが書かれていると思います。

 

一方で、奈良時代は、租庸調な労役などの重税に人々が苦しんでいたことを、貧窮問答歌の記述をもとに学んでいきます。

 

子供の頃は、おぼろげながらに

聖武天皇は、よほど仏教の力を信じていたんだな・・・。」と思ったり、

「弾圧されても協力する行基っていい人なんだろうな・・・。」と思っていました。

しかし、同時に

「いくら仏教を信じていても、苦しむ人々をさらに、大仏づくりに動員するなんて・・・。行基もそれに協力するとはどういうことかな。」とも・・・。

 

大仏建立には矛盾や不明な点が多いなあと思っていました。

しかし、興味をもって少し調べていくと、「なるほどなあ」と感じる点が多々出てきました。

 

そういうわけで私は昨年、一昨年と夏休みの家族旅行は奈良、東大寺を見てきましたが、考えたり、調べたりしていくと、今ある大仏の価値が「大」だけではないのだなあと感じるようになりました。

また、聖武天皇行基が大切にしてきたものが受け継がれて、今もそこにあるのだなとも考えるようになりました。

 

今回は、

大仏を聖武天皇の視点と行基の視点から見ることで、最初に考えた大仏の価値を再評価したいと思います。(「きめ直し」)

そして、大仏が歴史の中で果たしてきた役割についても、少しだけ感じてもらえればと思います。

 

1時間の授業の中で表現できることはわずかだと思いますが、精一杯取り組みます。

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