粕谷昌良の社会科授業日記

筑波大学附属小学校の粕谷昌良が社会科実践を報告します。

240.畠山さんに初めてお会いした日

取材をしていて一番の失敗は、

宮城県気仙沼でカキ養殖を営まれている畠山重篤さんに初めてお会いした日のことです。

私は、2015年4月から筑波大学附属小学校に勤務させていただいています。初めの年は3年生の担任でしたが、5年生の教材である森は海の恋人の取材を、その年から始めました。それくらい、森は海の恋人と畠山さんに引き付けられるものがあったのです。

 

初めて連絡したのは、6月の下旬でした。森は海の恋人の事務局に電話を入れました。事務局の方も丁寧に対応していただいたのですが、何せ畠山さんはお忙しい方で、養殖業の他にも日本全国を講演などで飛び回っています。

ですから、どうしてもはなかなか都合がつかないということ。断られてしまいました。

しかし、これくらいでは引き下がらないほど、お会いしたいという気持ちがありました。しかし、一度断られたのに、何度も連絡をするのは失礼というものです。少し方向を変えてみることにしました。

畠山さんの養殖場は水山養殖場といいます。こちらの養殖所に電話をかけてみました。すると、男の方が、電話に出られて、(おそらく、長男の哲さんではと想像しましたが)「少し忙しいようですが、何とかなるでしょう」と。「こちらから電話するようにします」と。やったーと一人で叫んで、電話が来るのを待ちました。

すると重篤さんから、電話があって「なかなか暇がなくてね。8月15日だけあいていますよ。来られますか?」ということですので、即座に(0.12㎜秒)「行きます!」と10:00に約束して、「後の連絡は、事務局の信(息子さん、森海副理事長)ととってください」ということで、仙台駅前に宿をとって、8月15日をずっと楽しみにしていました。

 

8月14日に仙台に社会科キャラバン号で到着。ビジネスホテルにつくと、フロントの方に、「ここから気仙沼までどれくらいかかりますか?」と質問。

すると「1時間くらいでしょうか?」というので、さらに1時間余裕見見て、翌日は8時に出発しようと決めて、食事をとって休みました。

しかし、これがとんでもないことになるのでした。

 

実は仙台駅~気仙沼まで、車で高速を使っても2時間を超えていたのです。

しかも、8月15日は帰省ラッシュ東北道は真っ赤になっているのです

あー。絶望。しかし、とにかく急ぐことに。

ホテルを出てすぐに渋滞に巻き込まれ、普通に言ったらだめだと思い、

山の中を越えてどんどん進みます。途中、信さんに謝りの電話を入れながら、とにかく進んでへとへとになってたどり着いたのは、12:00。

約束を2時間も遅れて。ああああああああ。

何とか無理を言ってお会していただいているのに。

 

初めての舞根。畠山さんのお宅に到着。

一層緊張して、重篤さんにお会いする。

お会いして重篤さんの第一声は「先生。大変だったね」と笑顔。

ああ、救われた気持ち。そして、これだから人を引き付けているんだろうな。

丁寧に謝りました。

 

ずっと済まないという気持ちでありながらも、いろいろなお話を伺い、取材を終えました。その後、植樹材には3年間、そのほかにも2回舞根を取材させていただきました。

重篤さんからご著書が発売になると「上梓致します」という言葉を添えられて本をいただいたりもしました。ありがたいことです。

あの時、調整してくださった信さんとは東京でも食事をご一緒させていただくなど、交流を持たせていただいております。

 

全く、そういう失敗をして、肝を冷やしながらも取材をしてきました。

多くの素晴らしい方々のお力を借りて、授業を創っている毎日です。

ご迷惑をおかけした皆様。授業にお力を貸していただいた皆様。

この場を借りて、御礼申し上げます。

 

⇓その時畠山さんと撮らせていただいた一枚。

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 ⇓今よりも震災の傷が残っていた2015年の舞根

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