粕谷昌良の社会科授業日記

筑波大学附属小学校の粕谷昌良が社会科実践を報告します。

245.取材で出会ったすごい人

4年生の続きを。

 

後藤新平 「後藤新平が曲げてでも貫いたもの」 水沢市 後藤新平記念館

 

後藤新平は、内務大臣として関東大震災の復興に当たった人物です。

しかし、35億円を超える予算は、当時の国家予算を上回る数字であったため、わずか90日で職を辞します。

それなのに、どうして隅田公園や鉄筋の復興10橋、復興道路などが東京に残っているのでしょうか。

それは、新平の志を継いだ永田秀次郎はじめ、かつての部下たちが引き継ぎ、東京市民の協力もあって作り上げたからです。

 

新平自身も、政界を退いた後、

ボーイスカウト

ラジオ放送(日本のラジオ放送の第一声はなんと後藤新平)、

講演会と、市民の自治活動を後押ししていきます。

 

そんな新平が、後年、政友会の修正案を受け入れ、政界を退いたときのことを語った記述は、心を打つものがあります。

また、永田秀次郎のコメントも。

 

その裏をとるために、岩手県水沢市にある後藤新平記念館に行きました。

およそ2年前の寒い雪の舞う寒い日でした。

新幹線から在来線に乗り換え、景色を眺めながらの時間もよかったです。

 

そこで、たくさんの資料を紹介していただきました。

また、新平談義をさせていただきました。

今も水沢に伝わる新平への尊敬と愛情を感じました。

その点もいいなあと思いました。

 

続く

 

徒然

・昨日から今日にかけて、少しやることや移動が多く、更新できずに残念。

 

⇓紅葉が美しい学校

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⇓友部SAで売っていたお好み焼きのたい焼き?

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