粕谷昌良の社会科授業日記

筑波大学附属小学校の粕谷昌良が社会科実践を報告します。

246.取材で出会ったすごい人

4年生の続き、その3です。

 

○戸田雅子さん 「東京で唯一の村、檜原村島嶼部をのぞく)」

 

県(都)内の特色ある地域の学習で、檜原村を取り上げました。

最初は、総務省が行っている「地域おこし協力隊」を中心に行う予定で、檜原村の取材をしていました。

そして、授業に入ったのですが、私が教室においておいたパンフレットを見た児童の一人が「先生、檜原村の、ひのはら紅茶の、檜原雅子だって」といって面白そうに話しかけてきたのでした。

数名があつめってがやがやと。

 

うーん。確かに気になるということで、さっそく電話を。

しかし、役場につながったので、なかなか。

もうあきらめかけていて、たまたま将棋のA級順位戦将棋会館で味わっていた時(ちなみに、私は弱いですので挑まないでください)、携帯が鳴って、「戸田です」と。

全くわけがわからず「はい?」というと「ひのはら紅茶を作っている戸田です」と。

あー。すみませんという具合に。とんとん拍子で話は進み、翌日は取材に。

 

戸田さんは、檜原村への移住者です。

元高校教師で、たまたま、檜原村のおうちの藪を整理していたら、隣のおばあさんが「それ、お茶の木だよ」と教えてくれて、さらに「摘んでみない?」というのがきっかけで、お茶摘みをすることに。

 

もともと、檜原村では、自家消費用にどこ家庭でもお茶を作っていたそうですが、次第に作られなくなっていたそうです。それを、数十年ぶりに復活させたわけです。

 

戸田さんは、地域のおばあさんたちとともに、お茶を摘み、それを販売するようになったそうです。

その輪が次第に広がり、紅茶づくりを。

戸田さんの明るい人柄が地域の人に受け入れられたのだと想像しています。利益は地域に還元。苦労は人一倍。地域のおばあさんたちはやりがいを見つけていきます。

 

そんな戸田さんは、次第に「檜原雅子」となったのでした。

お会いするたびに、とても明るく、優しく、元気な戸田さん。

移住者ですが「檜原」と呼ばれるようになったのも納得の素晴らしい方です。

 

学習は、研究会で参加された先生方への紅茶アピールなど、広がりを見せました。

 

次は5年生です。

 

⇓紅葉その2

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⇓スタバのドリップ。クリスマス使用。グランデサイズ

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