粕谷昌良の社会科授業日記

筑波大学附属小学校の粕谷昌良が社会科実践を報告します。

266.地球のうらの友だちも その⑤

5時間目

 

○ねらい

田中さんと蒲さんの事例を比較したりして、JICA支援の特徴を見つけただし、国際支援で大切なことを考える。

 

○展開

1.前時を振り返る。

・JICSの田中さんはマーシャル諸島で教育に関わっていた。

・蒲さんはブラジルで支援をしていた。

・ともに、教育支援を行っていた。

田中さんと蒲さんの話からJICAが大切にしていることを考えよう?

 

2.田中さんと蒲さんの事例を比較し、自分の考えを述べる。

〇意見を述べあいながら、共通点を探らせる。

・現地の人と一緒に作り上げる。

・押しつけをしない。

・その国の人たちが主役になるように努める。

・自分も学べることがあると感じているのでは?

 

〇実際に黒板に赤線を引かせる。同じところが大切だと思った児童にも意見を発表させる。聞きあう過程で、自分の考えを再構成させ、考えを深める。

 

3.板書に書かれたことから、自分が大切だと思うことを選び発表する。

〇黒板に線を引ひき、その理由を述べる。

・「同じ立場」に線を引いた。上からでは信頼は生まれない。

・「自立」に線を引いた。その国の人々の力で発展することを助けるという姿勢。

 

4.ジャーナリストの池上さんはJICA支援をどう考えているのか

〇自分たちが大切だと考えたことと、ジャーナリストの意見を比べ、深めたり、考え直したりする。

 

自立・お互い・やる気を伸ばす・同じ目線など、その国の立場で考えている。

 

資料

JOCA 蒲 美幸さん

〇JOCAについて

 現在JICAで途上国に派遣されている人数は2000人です。任務は2年ですので、毎年1000人程度が入れ替わっています。JICAでは、JICAに派遣される人材の訓練をしたり、サポートをしたり支援しています。また、帰国後に、海外でのボランティア経験を日本の社会に生かせるように案内をしています。JICA支援は、今年で53年目です。現在は女性の方が多く派遣されています。

JICA支援は、日本型の支援といて、お金を渡すだけでなく、現地の人の輪の中に溶け込み、現地の人たちが必要なものを共に作り上げていく取り組みをしています。例えば、高度な水道の仕組みを私たちが作ったとします。そして、完成させて渡した後、私たちは帰国します。その仕組みが壊れることもあるでしょう。そのときに、現地の人が自分たちで修理できなかったらどうでしょうか。せっかく作ったものも無駄になってしまいます。ですから、私たちは、現地の人たちとともに力を合わせて必要なものを作り、自分たちでも直せるようにすることが大切だと考えています。私たちではなく、現地の人が主体になることが大切だと考えています。

 

〇蒲さんはどうして青年海外協力隊に参加されたのですか。

 実のところ私は、国際協力には興味がありませんでした。それに自分が国際協力をできるような人物だと全く考えていませんでした。しかし、ちょっとしたきっかけが、JICA支援に関わることになります。私は愛知県の生まれです。2005年に愛知万博があったのですが、そこのパビリオンでガイドをすることになりました。そこには、元青年海外協力隊という方がいて親しくなりました。毎日万博で働いていると多くの外国の方がいらっしゃいます。彼らに接しているとだんだん世界が自分の身近にあるような気がしてきました。そして、元青年海外協力隊の方も「誰でもなれるよ!」という話をしてくれました。私は、日本語教育の資格を取って、青年海外協力隊に応募しました。そして、採用されました。

 

 派遣された先は、ブラジルでした。ブラジルの小さな町にある日本語学校が私の活動場所になりました。そこに行って驚きました。日本の反対側にあるブラジルに、日本人が住んでいて、日本人街を作っていたのです。仏壇があり、門松があり、学校の式典ではブラジルと日本の国旗が2つ並ぶのです。

 どうしてかというと、大正から昭和にかけて日本は不景気で人々は職を求めていました。また、ブラジルはコーヒー農園などで働き手が不足していたので、日本人がブラジルに移民して働いたのが始まりです。移民した人々が町を作り日本文化を大切にしていました。現在は、だんだん日本人街は減っていますが、それでも日本語を学ぶ学校が必要なのです。

 

 ブラジルの学校は、半日で終わりです。午前か午後かどちらか。そして、学校が終わった後は、お金のある裕福な家庭はもう一つの学校に行きます。しかし、もう一つの学校にいけない子どもたちは働くことになります。だから、日本の学校の半分くらいの学習ということになるでしょうか。私は家庭の力でもう一つの学校に通えない子どもたちに日本語を教えていました。

 ブラジルに行った当時の私は、自分に何ができるのだろうかといつも悩んでいました。ブラジルで原爆展などをして、広島や長崎の惨劇をつたえることで、平和の大切さを訴えたりしました。相手に必要なことを知っていこうと心に決めていましたが、何かできた!という実感はありませんでしたね。

 

 しかし、帰国して3年後にとてもうれしい出来事が起こります。3年たって、私が活動していたブラジルの村に行くことになりました。もう、誰も覚えていないのかなと思ったのですが、当時教えていた子どもたちが高校生になっていたんですね。遠くの高校に立派に通っている。その子たちは、私が戻って来ると聞いて、10人以上集まってくれたのです。さらに日本に帰ろうとすると「美幸先生、帰らないでキャンペーン」とか言って、私を帰国させないように押さえつけるんです。とてもうれしい瞬間でした。

 

 日本語学校で、ブラジルの子どもたちに日本語を教えたんですが、結果として教えていたのは日本語だけではなかったんですね。その日本語学校の校長先生は「帰ってこられる場所」にしたいと言っていましたが、そういうことも子どもたちに伝えていたんだと思います。

  私は、子どもたちに何かを教えていたのではなく、教わった方が多いと考えています。お互いがお互いに与えあっていたんだと思います。自分の成長のためになったのだと思います。

 

〇行ってみての結論といいますか。

 実は行く前は、貢献するなんて言う意識はなかったんです。でも、関わってみて、貢献すべきだな、たずさわってよかったなと心から思います。日本と海外の関係を知りましたしね。日本はブラジル社会で認められていましたよ。

 私も、帰国して、この仕事を続けたくて、今はこれから行く青年海外協力隊のサポートをしています。

 

資料2

ジャーナリストの池上氏は

①日本が貿易依存国だから

②発展と小国が抱える問題が一国の事情を越えたグローバルな問題だから

③人道的な問題だからと国際貢献の必要性を述べる。

また、2015年に国連加盟国が全会一致で採択した「持続可能な開発目標(SDGs)では、2030年までに貧困を撲滅し、持続可能な社会を実現するために17の目標を掲げ、「誰も取り残さない」という合言葉で、各国の協力を呼び掛けている。すなわち、現在では途上国援助ではなく、ともに持続可能な発展をしていくという考え方に移行しつつある。

 

『世界を救う7人の日本人 国際貢献の教科書』池上彰 朝日文庫から

 

アフリカでの取材中、ウガンダエンテベ空港から首都カンパラに向かう車の中から外を眺めていると、黄色い小さなバスが隣の車線を通り過ぎていきました。

 車体には大きく「千葉△×△×保育園」と書かれています。窮屈そうに座っているのは、かわいらしいアフリカのちびっこではなく、屈強なアフリカの男たち。ふつうの乗り合いバスとして、日本の保育園バスがそのまま使われていたのです。

 アフリカでは自動車を筆頭に日本製品が大人気。(略)アフリカの地で日本製品が輝いていることはとても喜ばしいことなのですが、逆に言うとこれまで海外とりわけ途上国における日本の存在感は、優秀な製品=ハードに頼りっきりでした。日本人自体=ソフトが活躍している、という話はなかなか聞こえてきませんでした。(略)けれども今は違います。多くの日本人が、世界の途上国の現場に赴き、国際協力の現場で大活躍しています。その代表といえるのが、本書の主人公たち(JICAの方々)「世界を救う7人の日本人」です。水、復興支援、命、食料、教育、そして経済基盤。どれが欠けても、国は成り立ちませんし、人々はまともな生活を過ごせません。(略)私自身は、こうした執筆を通して、何度も感慨にとらわれました。戦争の焦土から立ち上がり、ほとんど何にもないところから物心両面でインフラを構築し、経済成長を遂げていった昭和の日本の姿と、いまのアフリカの姿が重なったからです。日本の復興は、数多くの国の手助けがあったからこそ可能でした。だから今度は私たちの番なのです。

 チベットの高僧、ダライ・ラマは「人間はどこかで自分は必要とされていると思えることが大切です。その点、アメリカには、平和部隊があるように、日本には青年海外協力隊があります。日本の若者が各国で現地の人たちを支援し、大変感謝されています。国内で生きがいを見出せないなら、途上国で人の役に立つ仕事をしなさい」かのダライ・ラマは日本の青年海外協力隊をご存じだったのです。しかも、その活動を高く評価していました。

 

私の振り返り

田中さんと蒲さんのインタビューから、JICAの行う日本型の支援の特徴をつかむことができたのではないかと思います。こちらから、教えるのではなく、2人のインタビューと子供達の意見を板書して、それを子供達が大切だという要点を考えることで、無理なく考えることができたと思います。また、最後に池上氏の意見も載せましたが、これがなくてもよかったかなとも感じています。自分たちで、考え、友達の意見を聞きあって深めていってほしいと考えているので、本時はそのねらいに近づけていたと感じました。

 

子供達の感想の要点

・コミュニケーションが大切。親しくなれば心を許し、教えることができる。

・「与える」ではなく「お互い」ということに共感した。日本は海外からいろいろ輸入しているから、途上国を支援しないとだめだ。

・現地の人たちの伝統を壊さないようにする。信頼につながる。

・その国を自立させ、発展させる。

・その国の人の力で、が一番大切。日本が最後まで支援できるわけがない。

・与えるではなく、お互いにする。自分も得るものがある。助け合うことが大切。

・JICAが大切にしていることは人への思いやり。優しく教え、やる気を出させ、国を活性化させる。

・二人とも同じ目線で接している。異文化に触れるのだから、昔からやってきたやり方も大切にしないといけない。

・JICAや先進国がすべきことは、発展途上国が自立できるように導くことだと思う。あくまでその国が自らの力で発展していけることが大切。

・今は日本が恩を返すべきだと思う。世界の人たちが困らなくなれば、日本はもっと発展すると思った。

・自立はつながっていると思う。相手とつながっていることで初めて信じてもらい、そこから相手と一緒に国を立て直していく。

・同じ立場に立つことが大切。見返りを求めるのではなく、戦後、他国は困ったときはお互いさまというように助けてくれた。今度はこっちが助ける番だ。

・途上国が自立することが大切。その国の人がやる気になれなかったら、お金をあげても、教育も、技術提供も意味がない。

・JICAの人たちは、できることを考えて、自ら取り組んでいる。途上国を考え、現地の人を考える姿勢が素晴らしい。

・今日思ったことは、私たちが支援しているのではなく、お互いに支え合っているということだ。支援することで学ぶこともある。

・私は、自分が楽しむことが大切だと思う。幸せは移るから。

・現地の人のやる気を引き出さないと何にもならない。

・池上さんの「援助ではなくともに発展」という視点が面白かった。与えるよりお互いにという意見がよかった。

・JICA支援が一番大切なことは、「その国の人の力で自立できるようにする」ことだと思う。

・手出し家をして、自立させ、国を豊かにすれば、自分たちで切り開いた道を、子孫がさらに広げていける。

・自立を重点にする継続的な支援を現地で行い、心をつなぐことが大切。現地の人と一緒に学ぶ。

・自分のため、世界のため、未来のためになるから、田中さんや蒲さんはJICAで働き続けているんだと思う。 

 

・思いやりが大切なのかな。人と人のコミュニケーション。先進国と途上国に分けるのが嫌いだ。差別が人々のやる気を失わせている気がする。

・支援するときは「自立」できるようにすることが大切。現地の人と一緒に。

・上から目線ではいけない。上司と部下のようではいけない。

・途上国の人が中心となって豊かになることが大切。そうでないとJICAが帰ったらすぐに元に戻ってしまう。現地の人の自立を手助けする。

・上からではなく同じ立場で協力するという意見が多かった。自分の国のことだけで精一杯ではなく、支援されたお返しをする。

・現地に行ってみてわかることがある。二人ともその国に行っていいところを見つけている。池上さんの話も最も。次は私たちの番だ。

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徒然

・火曜日から修学旅行です。来週末までブログは一休みします。

・今日は息子たちと温泉へ。単身赴任のため、あまり会えないので、その時間は大切にしたいです。行き帰りの車中も楽しく過ごしました。親子で過ごせる時間はとてもありがたいことです。

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